46歳で10歳年下の夫と結婚したカナリアさんの話②―――憧れの東京ライフ。そして、自分探しの旅の果てに。

カナリアさん_大阪一人暮らしのスナップ

canaria_rs(カナリア)さんが歩んできた道のりを、カナリアさん自身の言葉で紹介していただくシリーズ第二弾。商業高校を卒業後、‟無事”地元の就職試験に落ちたカナリアさんは、いよいよ憧れの都会暮らしをスタートさせることに。しかし、現実は思っていたほど甘くもなかったようで、その後も試行錯誤の日々が続きます。※前回のお話はこちらから


◎無事高校卒業。さぁこの先どうしよう……
とりあえず押し出されるように高校を卒業した私ですが、やっぱり東京へ行きたいという夢が、諦めきれずにいました。商業高校だったので、周囲の同級生たちはほとんどみんな、①学校に求人が来ていた会社に就職する②知り合いのつてで就職する③家業を継ぐ、という3つの道のどれかにしっかり進んでいます。とにかく家を出て、東京へ行くことに両親は大反対で、ちょうど募集があった町役場の採用試験を受けるよう勧められます。それに落ちれば、上京することも視野に入れてくれる、と。自宅から歩いていける、田舎の小さな町役場です。働いている人も、幼い頃から知っている顔見知りのおじさんたちばかり……。
「これで決まってしまったら、この町から一生出られないかもしれない。嫌だ、嫌だ、それだけは絶対嫌だ!」とりあえず言いつけ通り、試験を受けに行くわけですが、結果は見事、不合格(笑)。晴れて、東京への道が拓けたのでした。


◎憧れの都会暮らしと、長い長い自分探しの旅の始まり
上京後、一年程は千葉の叔母の家で居候。その後、父のつてを頼って、東銀座の小さな会社に入社し、経理を担当することになりました。通勤は大変でしたし、家族に会えない寂しさも募りましたが、同時期に上京してきた高校時代の友人と集まったりして、憧れの東京ライフに浮足立ちました。
じつはその期間、 新宿に店舗(カフェ&ケーキ屋さん)を持つ飲食会社に転職したりもしたんです。でも、やってみてよくわかったのですが、私は接客業にまったく向いていなかったのです。まず、トレイがうまく持てない。オーダー品をせっかくお客様のところに運んでも、コースターやミルクなど、なにかを必ず忘れている。そして、どの席にどんな風にお客様をご案内すればお待たせすることなく、座席を効率よく埋めることができるのかがいつまで経ってもわからず、我ながらまったく使いものになりませんでした。結局、数か月で退職した後は、また経理畑に舞い戻り、それから紆余曲折を経て、住まいを東京から大阪に移すことになりました。
二十代、先のことなど考えず、ただ興味のあることを純粋に追い求めていた、若気の至りのお話です。

同郷の同級生とおしゃれなお店巡りをしたときの一枚。「雑誌やテレビで観た東京のキラキラした世界に、毎日ドキドキしていました」

東京時代の最後に勤めたのは、渋谷にあった企業。「4~5年程お世話になって、休日は会社の人たちとみんなでスキーに行くこともありました」

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◎ようやく巡り合った企業で教わった、宝物のようなこと
大阪に移住してからは、派遣社員としていくつかの会社にお世話になりました。すべて、経理部門での採用です。そう、あのとき絶望しながら入学した商業高校で得た簿記資格は、私が持つたったひとつの武器になり、何度も私を救ってくれたのです。ただ一方で、仕事は「生活するための手段」と割り切っていた私は、正直、いくら派遣先が変わろうと、仕事にやりがいを感じたことなんて一度もなかったような気がします。

そんな意識が変わったのは、大阪で5社目に入社した会社でのこと。じつはこの時まで、経理といっても、簡単な現金処理やアナログな事務作業がメインだった私。それゆえ、この5社目の入社時、前任者がスキル不足の後任者(←私)にブチ切れてしまい、「こんな人には引き継ぎができない!」と、社長&経理部長だった社長夫人に、直訴されてしまいます。そのとき社長は、たったひと言、「やる気はありますか?」と私に尋ねました。私は、不安で押し潰されそうになりながらも、なぜか「あります」と返答。社長は「それなら大丈夫。同じビルに税理士さんもいるから、わからないことはいつでも聞けばいい」と告げて、にこにこ去っていきました。

この日から、この会社で、およそ10年の時間を過ごすことになりました。在職期間中に会社は上場し、社員数も規模もどんどん拡大。業務内容は日々目まぐるしく変わり、最初は追いついていくだけで精一杯でした。でも、このとき生まれて初めて、本当の意味で仕事が楽しいと思えるようになりました。そして、それは働くことの本質、つまり生きることの本質を学ぶことに繋がりました。ここで教えていただいたことは、いまも私の心の根底にあり、最後まで良くしていただいた社長夫妻には、頭が上がりません。

大阪で長く住んでいた一人暮らしの部屋。「小さな賃貸物件でしたが、好きなものを飾って、自分なりに部屋を心地よく整える時間が好きでした」

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◎勤続約10年。ひとりで生きていく覚悟を決めて二度目の上京
勤続10年が経とうとする頃、会社が同業他社に吸収合併されることになり、それに伴い、早期退職者の募集がありました。主な対象は、年齢もお給料も上の部長クラス以上でしたが、私は、手を挙げました。退職金も通常よりは上乗せされ、会社都合の退職なので失業給付金もすぐに出て、期間も長い。希望者には会社が契約した派遣会社がついてくれて、転職のサポートまでしてもらえるとのこと。ならばと、せっかくの機会を活かして、新たなチャレンジをすることにしたのです。

じつは、大阪に住んでいた初期、私は一度結婚をしています。実家の両親の大反対を押し切ってまで踏み切った結婚でしたが、残念ながら、それは思い描いたようなものにはならず、数年で終わりを迎えました。そんな経験もあって、離職の背景には、残りの人生をひとりで生きるために、できれば事務職ではなく、「手に職」をつけておきたいと考えていたことがありました。そこで、もう一度東京へ行く決意を固めます。
43歳・バツイチ。なにかを始めるには遅すぎる―――そんな声が胸に突き刺さる、ある秋のことでした。(につづく)

カナリアスタイル_引っ越しの段ボール
二度目の上京を目前に控えた荷造りの様子。「古いガラケーに残っていた写真なのでサイズが小さく荒いですが、二度目の東京行きは、若さと勢いだけで上京した18歳のときとは異なる、覚悟のようなものがありました」

構成 / 権 佳恵

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