津田健次郎さん「SNSで飛び交う『ツダケンやばい』はどっちの意味? 危うさと豊かさが共存する”言葉の力”を改めて考えさせられます」

言葉の力 津田健次郎さん

読んだり、聞いたときに、何かの気づきがあり、視点を変えてみるきっかけになった言葉。そして、その後の生き方の指針となった言葉。それぞれの人の人生に伴走する、大切にしている言葉を聞きました。今回は声優・俳優の津田健次郎さん。さらに特別インタビューも公開! エッセイの連載も注目を集める津田さんに、言葉について今、思うことを取材しました。

19歳の頃に観た名画のセリフ。希望に満ちた素晴らしい言葉です。

言葉の力 津田健次郎さん 人生は祭だ 共に生きよう

マルチェロ・マストロヤンニ演じる主人公グイドがラストシーンで語るセリフです。芝居を始めた19歳くらいの頃に観て、理屈抜きにこの言葉がささりました。

映画監督のグイドは人生ボロボロで、仕事はうまくいかないし、女性関係で離婚の危機にある。その中で現実逃避し、自分を見失うんですけど、最後はありのままの自分を受け入れます。

「祭りは終わる」のが前提で、僕らの人生も人とのつながりもいつかは終わりが来る。とても寂しいことではあるけれど、終わりがあるからこそ今この瞬間を誰かと分かち合うことに意味があり、祭りも人生も美しく輝く。グイドが出会った人全員と輪になって踊る映画史に残るエンディングとともに、希望に満ちた素晴らしい言葉だと思います。

特別インタビュー。本誌で語り尽くせなかった映画の言葉のこと。

津田健次郎さん 大切な言葉 特別インタビュー

――フェデリコ・フェリーニ監督の映画『8 1/2』の言葉が今も強く心に残っているという津田さん。この映画に出会った当時はミニシアター好きの映画青年だったそう。

中学生の頃から名画座通いをしていたのですが、高校生のときにミニシアター系というジャンルが登場し、そこでアート系やヨーロッパの古い映画にはまったんです。『8 1/2』はその流れの中でたどり着いた1本、という感じですね。

主人公のグイドは人生スランプで、映画の次回作は遅々として進まず、愛人に振り回され、妻との関係も最悪。それでいて「どうして自分が好きな女性たちはみんな仲良く一緒にいてくれないんだろう」とか自分勝手な理屈を並べ、わけのわからない妄想に取り憑かれているんですよ。でも、最後には現実を見つめ、生きる希望を見出していく、という。過去の記憶と現実と夢の境目が曖昧な映像の効果も相まって、なんともいえない悲哀と希望に満ちた不思議な映画なんです。

映画自体もすごく好きなのですが、「人生は祭だ 共に生きよう」というこのラストシーンの言葉があるから、映画がさらに輝いて見えるのだと思います。「人生は祭だ」という前半のフレーズが注目されることが多いのですが、僕は「共に生きよう」という言葉と一緒になってすごく響きました。

19歳そこらで「人生の何がわかるんだ」というのはおいといて(笑)、僕らの人生は死が確実に待ち受けているわけで、人と人のつながりもとても儚い。でも同時に強固で美しいものなのかもしれないと思えたんですよ。

だからこそ、今この一瞬一瞬を大事に生きないといけない。それはある意味人間が生きることの本質かもしれないな、と。たまにこの言葉を引っ張り出して、戒めにもしています。

「ツダケンやばい」に困惑? 最近感じている “言葉”にまつわること、あれこれ。

――演じるうえで日々、セリフを通して言葉と向き合うなか、言葉について改めて考えさせられることがあるという津田さん。

人は言葉にしないことの方が圧倒的に多くて、大事なことほど言葉にしないんですよ。だから役者としては、言葉にしないその裏にある思いだったり、本音じゃない言葉だったりをセリフにどうにじませていくか、というのを意識して演じています。

そういう意味で言葉は表面的でしかない部分もあるけれど、されど言葉。僕自身もこの仕事に携わり、言葉に救われてきた人生ですし、言葉は人を救い生かすことも、簡単に傷つけることもある。それほどパワーがあるものなので、言葉のチョイスは丁寧にしていきたいな、というのは最近特に思いますね。

例えば、SNSとかを見ていると、「ツダケンやばい」って言葉が目に飛び込んでくるわけですよ。

今の時代、「やばい」はいい意味も悪い意味もあるから、どっちの意味?って一瞬ドキッとするんです。「やばいくらいいい」なのか「マジやべえ、あいつ最悪だな」なのかわからなくて。

愛ある「やばい」もあるから、言葉自体が悪いわけではないのですが、使い方によっては危うさもある。会話の中なら相手の表情や前後の文脈でニュアンスが汲み取れますが、そこだけ文字になって切り取られると、誤解してしまうこともたくさんある気がして。それはもったいないことだと思います。

そう言いながら、僕も「やべえ」とか「うめえ」とか無意識に使っちゃっているな、と(笑)。屋台のたこ焼き食べて「うめえ」はその場の雰囲気にも合っていてドンピシャだけど、懐石料理の店で「うめえ」はないよな、とか。自分の中でも言葉のチョイスが怪しくなっているんですよね。繊細な料理を「うめえ」の一言で片付けられたら、作り手の方がどう受け取るかを考えると、もう少し何か言葉があったんじゃないかと。

一方で、今やグローバルな標準語になっている「かわいい」は、いろんなニュアンスが含まれていて、日本らしいパワフルな言葉だと思います。食べ物のパフェを「おいしい」じゃなくて「パフェかわいい」って表現するなんて、すごく自由で面白いですよね。そこにある種の豊かさも感じています。

――エッセイを執筆するようになって、さらに日本語特有の面白さにも気づいたといいます。

日本語には理屈ではない“曖昧さ”があって、例えば、秋の雨を表現する言葉だけで「こんなにあるの?」っていうくらいたくさんあるわけですよ。秋雨、冷雨、白驟雨(はくしゅうう)、秋黴雨(あきついり)、秋時雨、秋湿り、秋霖(しゅうりん)……とかね。

「一日」は「ついたち」「いっぴ」とも読みますし、ものの数え方にしても、対象によって「ひとつ」「一個」と変則的な使い方をする。うさぎに至っては鳥と同じ「一羽」ですからね。うさぎの耳を羽に見立てるとはなんとも奥ゆかしいというか、曖昧さ極まれりといいますか。

短歌や俳句や詩も、僕らが意識してないけれど潜在的に感じている日本特有のリズムみたいなものが、言葉という手法を使って表現されているような気がします。僕もエッセイを書いているとき、文章の内容よりリズムや語感を大事にすることがあるんですよ。

週刊文春のエッセイ『つだぶん』の連載は、ボロボロ、ヨレヨレの状態でなんとか言葉を捻り出して、自由に思いつくまま、わけのわからないことをたくさん書いていますが、でも、うまく書こうという気はないんです。だからタイトルも「津田の駄文」で『つだぶん』。

スピード感のある週刊連載だから、風に吹かれて消えていくような言葉のほうが面白いのではないか。文筆家ではない、声優、俳優を生業にしてきたからこそ生まれる言葉もあるかもしれない。そんなふうに言葉のチョイスを面白がりながら、なるべく、くだらないことを書こうと思っています。

PROFILE

津田健次郎/つだ・けんじろう

声優・俳優 54歳

声優、俳優、エッセイの執筆、映像監督など多方面で活躍。出演作『劇場版モノノ怪第三章 蛇神』、映画『SAKAMOTO DAYS』が公開中。声優デビュー30周年記念『津田健次郎 PHOTOBOOK since 1995』(講談社)を発売。2万8千字にも及ぶインタビューや素顔のショットが満載。

『クウネル』2026年7月号掲載
写真/上澤友香、スタイリング/井田信之、ヘア&メイク/ハラタタケヒコ ARTSY LIFE、取材・文/矢沢美香

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『クウネル』NO.139掲載

これからを生きるための「言葉の力」。

  • 発売日 : 2026年5月20日
  • 価格 : 1,080円 (税込)

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