女性の自由と自立、ジェンダー平等を支えた作家、ボーヴォワールが残した【かっこよく生きるための言葉】
それぞれの時代で輝き、「かっこいい女性の生き方」を私たちに見せてきてくれた方々。自分の足で立ち、新しい道を切り拓いてきた彼女たちの言葉は力強く、示唆に富んでいます。作家・思想家のシモーヌ・ド・ボーヴォワールもそのひとり。改めてその生き様を振り返り、潔い言葉の数々を味わいましょう。
PROFILE
シモーヌ・ド・ボーヴォワール/しもーぬ・ど・ぼーゔぉわーる
作家・思想家
1908〜1986
弁護士の父と、銀行家を父にもつ母の間にパリに生まれる。ソルボンヌ大学で哲学と文学の免状を得たのち教員として働く。35歳で作家デビュー。小説『招かれた女』『他人の血』、評論『第二の性』『両義性のモラル』『老い』、そして自伝『娘時代』などを発表。パートナーのサルトルと共に、政治的活動にも積極的にかかわった。
女性の自由と自立を模索し続けて。
20世紀を代表する作家、思想家のシモーヌ・ド・ボーヴォワールのあまりにも名高い言葉がその著書『第二の性』の第一部第一章の冒頭に記された「人は女に生まれるのではない、女になるのだ。」という一文。第二次世界大戦の終戦から4年後にフランスで出版された同書は世界的な反響を呼び、その後の今日まで続くジェンダー平等への希求を支える灯火ともなりました。
知の巨人だった哲学者サルトルとの生涯に渡る関係も彼女を語るときには欠かせないこと。21歳のときに初めてサルトルに出会ったとき、その明晰な頭脳とセンスに惹かれたボーヴォワールは「彼はもうひとりの私」なのだと直感したと言います。「彼とはいつもなんでも分け合えた」と。そして実際に、ふたりは他の何者も入り込むことができない強い絆で生涯結ばれることになりました。
しかし少女のころから自由と自立について考え、求め続けたボーヴォワールは、サルトルとの法律上の婚姻関係は結びませんでした。ふたりはお互いの作品を読み、批評し合い、高め合う一方で、自由な恋愛を完全に認め合いました。実際サルトルは晩年まで多くの女性たちと恋愛関係を持ち、ボーヴォワールにも複数の恋人がいましたが、それをサルトルに隠すことはなかったのです。
女性の職業や人生の選択にまだまだ枷が多かった時代に、自分らしい生き方を探り、実践したボーヴォワール。その言葉の数々は、多くの女性たちに力を与え、時代を超えた今も刺激的です。
最晩年に自室にて。日本の能面やこけし人形が飾られている。写真/アフロ
ボーヴォワールが残した言葉。
人間は何かに向かって常に働きかけること、絶え間なく現在の自分を追い越していくべきである。自分の意志で人生を選択していくことにこそ真の自由があり、状況の受容に自由はないと考えた。
2歳年上のパートナー・サルトルに出会ったのはまだ21歳のとき。法律的な結婚はしなかったが、生涯寄り添い、サルトルの老いと死を回想した『別れの儀式』を出版した。
女性の属性、特徴と言われていることの多くは教育や社会の都合によって割り振られた役割に過ぎない、とボーヴォワールは喝破。保守的で旧弊な母親に対する反発が原点にあったと言われる。
サルトルと共に1966年に日本を訪問。長期にわたって各所を旅したときのインタビューで。男性もおしゃれをしてメイクをしてもいい、と時代を予見するような発言だった。
『クウネル』2026年7月号掲載
取材・文/船山直子
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『クウネル』NO.139掲載
これからを生きるための「言葉の力」。
- 発売日 : 2026年5月20日
- 価格 : 1,080円 (税込)