恋に仕事に人生をかけ、自由な生き方を選んだ安井かずみ。彼女が残した【かっこよく生きるための言葉】
それぞれの時代で輝き、「かっこいい女性の生き方」を私たちに見せてきてくれた方々。自分の足で立ち、新しい道を切り拓いてきた彼女たちの言葉は力強く、示唆に富んでいます。作詞家・エッセイストの安井かずみもそのひとり。改めてその生き様を振り返り、潔い言葉の数々を味わいましょう。
PROFILE
安井かずみ/やすい・かずみ
作詞家・エッセイスト
1939~1994
外国の曲の訳詞を手伝ったことをきっかけに作詞家としてデビュー、多くのヒット曲を手がけた。26歳で第7回日本レコード大賞作詞賞を受賞。パリやニューヨークに暮らし、先端的なファッションとセンスが憧れの的に。「ZUZU」の愛称で知られた。加藤和彦とのおしゃれな夫婦関係も話題に。55歳の若さで肺がんにより死去。
自分で稼いで自分で楽しむ。自由な生き方をいち早く。
1960年代から70年代、女性がまだ車をそれほど運転しない時代から素敵な外車を乗り回し、細身の体でハイブランドの新作を堂々と着こなすおしゃれアイコン。作詞家として活躍し、沢田研二の『危険なふたり』や小柳ルミ子の『わたしの城下町』、郷ひろみの『よろしく哀愁』といった昭和を代表する数々のヒット曲を手がけた安井かずみはそんな存在でした。
横浜の裕福な家庭に生まれ、ひょんなきっかけから若くして作詞家のキャリアをスタートしたのは、第二次大戦の敗戦からようやく立ち直りつつあった日本に、音楽、ファッション、映画、アートなどの新しい文化の波が押し寄せはじめてきたころ。自立した女性が自分で働いてお金を稼ぎ、自分のためにそれを思う存分使う……今ではごく当たり前のことが、当時の日本の状況では珍しく斬新なことでした。多くの女性たちはそんな安井かずみに憧れのまなざしを送ったのです。
作詞の仕事のかたわら、女性の生き方や恋愛についてのエッセイも多く書いた安井。おしゃれ、アンニュイ、デカダンスというキーワードで語られることが多かった人でした。が、その実、とてもまじめに一生懸命に、恋に仕事に人生をかけて生ききった人でもありました。その熱量は以下の言葉にあふれています。
結婚して家庭を支えるのが女性の一番の幸せということが普通に受け止められていた時代に、安井は新しくかっこいい生き方で時代の因習に「ノン」をつきつけたのでした。
『おしゃべりな真珠』でレコード大賞作詞賞を受賞したころ。写真/マガジンハウス
安井かずみが残した言葉。
仕事にも遊びにも常に真正面から全力で取り組むのが安井かずみのポリシーだった。恋愛においても、互いが常に「薪をくべあって」、緊張感をもって向かい合いたいと考えていた。
8歳年下のミュージシャン、加藤和彦との結婚は安井の後半生を豊かに彩りました。おしゃれで、絵になるカップルが共著したベストセラーに記された安井の心意気が伺える言葉。
本物の体験によってしか本物の喜び、心底の悲しみを体験することはできない。そのために時間も力も使い尽くしてこその人生、というのが安井が理想とし、実行した姿勢だった。
人は合理だけで生きるのは味気ない。吹く風や路傍の花、夕暮れの風景に心を動かす感情が人生を豊かにする。その心の動きは大人にとっても大切なこと、と安井は書いている。
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取材・文/船山直子
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