【私のこれから】作家・若竹千佐子さん。自分を掘り下げて、自分と向き合う。そんな時間がとっても楽しいのです。

若竹千佐子 ポートレイト

映画『おらおらでひとりいぐも 』の原作者の若竹千佐子さん。63歳で発表した第1作で、見事、芥川賞に輝いた若竹さんの今を聞きました。

作家・若竹千佐子さん

愛する夫の急逝がきっかけでした。

75歳、郊外の住宅にひとり暮らし。夫を見送り、子どもとも疎遠な主人公・桃子さんの淡々とした日常を描いた『おらおらでひとりいぐも』。

外から見ると平々凡々たる生活だけれど、彼女の頭の中では、若き日の自分と夫の甘い思い出、好きだった祖母と暮らした故郷の風景、図鑑で調べた古代生物と地球の歴史……そうしたものたちが、ぐるぐる渦巻いて、とってもにぎやか。

そんな「おばあさん小説」が映画になり、田中裕子さんが主人公を演じて評判です。

「おばあさんの脳内にいる人たちが話し合うという小説がどんな映画になるのか、興味津々でした。面白い映画でしたし、映像の世界と書く世界の違いを改めて感じましたね」と原作者の若竹千佐子さん。

63歳で文藝賞を受賞しデビュー。そのデビュー作で芥川賞受賞、作品もベストセラーに、というセンセーションを巻き起こした作家は、 でも「私の生活は、ほとんどなにも変わっていないんですよ」と言ってにっこり微笑みます。

若いころから書くことが好きで、小説家が憧れだったけれど、さて何を書 いたらいいのやら、決定的なテーマに出合うことなく、主婦として何十年もの月日を重ねてきました。そこで人生を根底から揺さぶったのは、50代での愛する夫の急逝。なすすべもなく悲嘆にくれる日々。みかねた息子からすすめられた小説講座を受講し、それをきっかけに作品が生まれました。

「私は昔から自分と対話する時間が大好きなのです。外から見ると、ただ、 ぼーっとしているだけにしか見えないのですが。でも頭の中でああでもない、 こうでもないって、自分を掘り下げて、 ああ、自分はこういうことを考えていたのか、と考える時間、それが一番楽しく尊い。その時間を文章にしたいというのが私の欲望だったんですね」

そんな自分を見つめながら作り出したのが、桃子さんという魅力的な老女。「どうしようもない寂しさというのはあるけれど、一方では、誰からも指示されず、自由に自分と向き合えるという喜びもあって。どこにでも、誰にでもある寂しさと豊かさ、そのことを書いていきたいと思うのです」

『ku:nel』2021年1月号掲載

写真/森山祐子、取材・文/船山直子、ヘア&メイク/大山なをみ

●シリーズ『私のこれから』
料理研究家・枝元なほみ。直感と本能を信じ、料理と共に生きる道。
精神科医・香山リカさん。「人生後半の2回戦は、もっとわがままに」
作家・篠田節子さん。介護と病の経験を経た、自身の人生観とは。
バイヤー・土器典美さん。アンティークショップやギャラリーを経て長年考えてきた人生のかたち。

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