自ら設計した鎌倉の平家でマイペースに暮らす<クウネル・サロン>プレミアムメンバーの井手しのぶさん。ライフステージに応じて7軒の家を建て、住み替えてきた井手さんの“今“について伺った前回に引き続き、暮らしを楽しむコツや60歳を迎えた“これから”について伺います。
庭の一角に作った畑仕事が新たなライフワーク
「終の住処」と心に決めて5年前に現在の住まいに引っ越した井手さん。理想の住まいを求めて7軒もの家を住み替えてきた人が、果たしてひとところに落ち着くのでしょうか?
「家を建てたい欲はやっぱりあるの。もっと和風の家にしたいんです。リビングの先に屋根を出して半サンルームみたいなのを作ろうかなと思ったり。そうすればもう少しリビングが広がるし、庭との一体感も出る。でもそんなに広くする必要ないんですよね。とにかく家のことをこちょこちょやるのが趣味なんです。仕事では人のお金でできますけど(笑)お客様の意向がありますから。自分のやりたいことは自分の家で、ちょっとずつ」
DIYで庭の小屋を増築したり、キッチンの配置を変えたりと快適に暮らすためのバージョンアップを続けている井手さん。目下の楽しみは広々とした庭の一角に作った畑仕事なのだとか。
「畑仕事ってすごく落ち着くし楽しい。この家に引っ越して畑をはじめてから、収穫する楽しみを知りました。ハーブ、レモンなどの果樹、ネギ、春菊、小松菜などを種から植えていますが、食べ切れないくらいできるんです。自分の庭でとれたカボチャの種を乾かして、時期がきたらまた植えて収穫。そんなふうに、種も自分で育てて循環させていきたい。あとは山葡萄の皮でカゴを作ったり、これからはそういうことをやっていきたいんです」
理想の暮らしの土台には堅実なマネープランがありました
悠々自適、理想の暮らしを体現しているように見える井手さん。実は24歳で結婚、25歳で出産、子育てに専念していた専業主婦でした。趣味の庭いじりや自ら設計した家が近所で評判を呼び35歳で建築デザインの会社を設立。代表としてバリバリ仕事をこなし、その間に離婚を経験、その後一人息子が独立して一人暮らしに。2013年に会社をたたんでからは、フリーランスとして個人で建築デザインの仕事を続けています。
「昔から庭いじりが好きで、自宅の小さい庭をこちょこちょいじっていたら、近所の人が『うちの庭もそういうふうにしたい』って声をかけてくれて、それが最初の仕事でした。今度は家を建てたら息子の友達の母親が『こんな家を建てたい』って言ってきて、隣の土地が空いていたからそこに家を建てて。そうやって自然に仕事がつながっていきました。昔から口コミや紹介が多かったので、あまり広告ってしたことがないかもしれない。今はほとんど、前に手がけた家のリフォームや友達に頼まれた仕事を、マイペースにやらせていただいています。もちろん昔はもっと貪欲にやっていました。会社を経営していた頃はみんなを食べさせなくちゃいけなかったし、上へ上へっていうか人に負けたくない気持ちも強かった。今は全然そうじゃない。のんびり仕事してもある程度暮らしていけるようにマネープランを立てたし、まーくん(取材当時脳腫瘍で治療中だったフレンチブルドックの男の子。残念ながら11月末に虹の橋を渡りました)のケアに専念したいので、通わなくちゃいけないような仕事はしないようにしているんです。とはいえ需要があれば70でも75でも仕事はしたいと思っています。やっぱり人間刺激がないとね。」
聞けば、現在の家を建てるにあたり90歳までのマネープランを立て、そこから逆算して建築費用などを弾き出し、仕事のペースに関しても目安をつけたのだそう。興味津々のマネープランのお話は、また次回お届けします。
取材・文 吾妻枝里子
井手しのぶさん・「女ひとりで家を建てる」シリーズ
◎【女ひとりで家を建てる①前編】自分のために7軒もの家を建てた女性の家づくりの記録。
◎ 【女ひとりで家を建てる①後編】海のそばに住む夢を実現すべく家を建てたものの……。
◎ 【女ひとりで家を建てる②・前編】自分の家を7軒も建てるまで色々ありました。
◎【女ひとりで家を建てる②後編】3軒目の家を建てたとき、家づくりの会社が始動。
◎【女ひとりで家を建てる③前編】人生バブル期、4軒目に建てた家は箱根の別荘。
◎【女ひとりで家を建てる③後編】事件勃発。人生のバブル期はまさかの転換期でもあり……。別荘を建て、手放すまで。
◎【女ひとりで家を建てる④前編】5軒目の家は鎌倉山の洋館。そこをカフェにする計画が……。
◎【女ひとりで家を建てる④後編】中古住宅を買って、自分好みにリノベーションする楽しみ
◎【女ひとりで家を建てる⑤前編】自分のために建てた家は何と7軒!これが終の棲家か?!ついに完成した理想の平屋。
◎【女ひとりで家を建てる⑤後編】荒地の整地や予算の削減に奔走!理想の平屋が完成するまで。