【京都の名喫茶/後編】澁澤龍彦が訪れ、森見登美彦が青春時代を過ごした文化が息づく居場所。
物語を生き生きと彩り、著者の日常を伝える京都の名喫茶案内。作家たちが愛した空間と美味を、彼らの言葉とともに味わいたい。
アスタルテ書茶房_コーヒーとガトーショコラ
蔵書はどこか背徳的な香りが漂う、異端文学や幻想文学が中心。
世俗からエスケープできる、趣味人の書斎。
ごく普通のマンションの2階に突如広がる異空間。惜しまれつつ2024年に閉店したアスタルテ書房・佐々木一彌さんの美学を蔵書や調度品ごと受け継ぎ、若き経営者・西條豪さんが2025年春に、喫茶やお酒も楽しめる書茶房として再始動させました。アスタルテ書房時代にはサドの翻訳などで知られる澁澤龍彦も訪れ、夫人の龍子さんは〈本好きにはこたえられず、一日中ねばるような人も出てきてしまったようです〉と往時を振り返ります。
店の名付け親であるフランス文学者・生田耕作の訳書も多数。好みの席でページをめくり、気に入れば購入しても。足を踏み入れた誰しもが世俗から逃れ、美しくも退廃的な世界に心を遊ばせることができます。
澁澤に見出された画家・金子國義の版画や画集も多数。
コーヒーは堺町通にある「玉屋珈琲店」の豆を使用。無花果入りのガトーショコラは、ラム酒が香る大人の味。
お店が登場する本
『澁澤龍彦との旅』澁澤龍子
澁澤の没後に、夫人が綴った旅エッセイ。創業時は三条通にあった同店にて開催の「澁澤龍彦の小宇宙展」についてや、生田耕作、稲垣足穂らとの交遊が綴られる。白水社
アスタルテ書茶房
住:京都市中京区丸屋町332 御幸町ジュエリーハイツ 2階 202号室
営:14:00~22:00
休:木曜
https://astarte-shosabo.com
フランソア喫茶室_コーヒー
ステンドグラスの光が美しい個室のような窓際の席。
歴史ある空間で失われゆく品性を見つけて。
〈今、フランソアでこの手紙を書いています〉ーー 短編「品性のある制服と、品性のある歯車」は主人公の“僕”が窓際の席にいるシーンから始まります。傍らには、苦味が不得手だった俳優・宇野重吉のために考案されたクリーム入りのコーヒー。苦いコーヒーも飲める“僕”がフランソアに通うのは、ウェイトレスの制服を愛するがゆえ。特にグレイの冬服を〈実にシック〉と絶賛。
品のある制服。現在は夏バージョン。
「メーカーが製造終了したため、ご縁のある服飾デザイナーに同じ型のものを作っていただきました」と語るのは、創業者の孫で現在、店を取り仕切る近藤光さん。本年よりしばし会話を控え、音楽に耳を傾ける時間を設けるなど、京の文化サロンとして歩み続けています。
ドライオレンジを添えたプリンとフレッシュクリーム入りのコーヒー。
木造2階建の長屋を洋風に改装し、1934年に創業した。
お店が登場する本
『カフェー小品集』嶽本野ばら
実在のカフェー12軒を舞台に紡がれた短編小説集。プライドを持って喫茶店文化を守り続ける人々に取材し、彼らが実際に語った言葉を物語に織り込んでいる。小学館文庫
フランソア喫茶室
住:京都市下京区西木屋町通四条下ル船頭町184
営:11:00~22:00 ※未就学児不可、支払いは現金のみ
休:無休(年末年始は休業)
https://francois1934.com
カフェコレクション_明太子スパゲティ
明太子スパゲティは学生街の喫茶店らしくボリューム満点。
不器用な、けれど愛おしい、青春の居場所。
京大農学部前にあり、森見登美彦も学生時代から訪れる喫茶店。『四畳半神話大系』には同店で〈夕餉の明太子スパゲティを食した〉という一節が登場しますが、偏愛メニューだったようで『L magazine』no.380でも〈食べたスパゲティをすべてつなぐと地球を7回り半する〉とユーモラスに綴っています。
初訪問でも懐かしさを覚える佇まい。
1981年より、学生たちを見守ってきた店主の山田秀樹さんは「かつては朝から熱い哲学談義を繰り広げたり、開店から閉店まで法律を勉強し続ける京大生もいましたね」と振り返ります。コロナ禍で店が窮地に陥った際には、そんな卒業生たちから温かな支援が寄せられたとか。自由でリラックスした時間が流れる、“永遠の青春”が息づく場所。
森見登美彦が雑誌『L magazine』で〈自宅と実家以外では、落ち着いて過ごせるこの世で唯一の場所〉と書いたほど居心地が良い。
お店が登場する本
『四畳半神話大系』森見登美彦
「あの時、あのサークルに入っていれば」……不毛な学生生活を嘆く“私”が迷い込んだ並行世界。誰しも身に覚えがある、若さゆえの愚考がおかしくてほろ苦い。角川文庫
カフェコレクション
住:京都市中京区堺町通三条下ル道祐町140番地
営:7:00~18:00(L.O.17:30)
休:無休 ※ビーフカツサンドは四条、ポルタ、八条口支店でも提供。
Instagram:@cafe_collection
『クウネル』2026年9月号掲載
写真/原 祥子、取材・文/野崎 泉、編集/鈴木麻子
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『クウネル』NO.140掲載
旅を深める本76冊と歩く、京都。
- 発売日 : 2026年7月17日
- 価格 : 1,080円 (税込)