新刊『みんなの短歌』発売!俵万智さん特別インタビュー「言葉にしようとする時間こそが尊い」

俵万智さん

「短歌を作っていると心のアンテナが敏感になるんです」。著書『生きる言葉』がベストセラーの歌人・俵万智さんが、子育てで忙しく暮らすマチュア世代に、「歌を詠む」時間を日常に取り入れることで生まれる豊かさについて語ってくださいました。

育児短歌は「刺身」。素材をそのまま歌に

俵万智さん

――テレビ朝日のバラエティー番組『夫が寝たあとに』の人気コーナー「育児短歌」が、このたび『みんなの短歌』という本になりました。

俵万智さん(以下、俵さん):こんなに長く続く予定ではなかったんです。当初は1回きりの出演だったのが、反響が大きくて、視聴者の皆さんがあまりにたくさんの育児短歌を送ってくれるので、放送がもう1回もう1回と増えていって本ができるほどになりました。

――育児短歌は「刺身でいいのよ」という俵さんの言葉が印象的です。

俵さん:恋の歌を詠むときには、盛り付けに凝ったり、ソースをかけたり、コーティングしたり工夫をすることが多くて、素材100%で出すことはあまりないんです。それに比べると、子どもを詠む歌は刺身といえます。

素材がいいので、そのまま切り取れば歌になる。私自身、子育てをしているときに気づいた短歌の作り方です。

ぼやぼやしていると記憶が更新されて、そのときの感動の感覚が薄れてしまうんですよね。だから上書きされる前に、出来事がフレッシュなときに形にするのがおすすめです。

おかあさん きょうはぼーるが つめたいね
小さいおまえの 手が触る秋
(『オレがマリオ』/河出書房新社)

――こちらは俵さんがお子さんの言葉にハッとして、「生け捕り」した歌だそうですね

俵さん:上の句すべてが息子の言葉です。その一瞬は大きな感動がありますが、書きとめておかないと、そのうちすぐに忘れてしまいます。本当に一瞬の出来事なんです。

だから、そのとき、そのときに立ち止まれるという意味でも短歌はいいんです。

写真でももちろん記録を残せますけど、目に見えないものはカメラでは撮れないですよね。心の目が見たものを書き留められるのが言葉なので、写真とは違う形で子育ての記録として残すことができます。

トホホな出来事も短歌の魔法で大事なワンシーンに

俵万智さん

――番組では育児の歌をみんなで詠み合う楽しさがありました。

俵さん:育児ってすごく孤独だし大変なので、育児に携わっているもの同士の連帯は大きな励ましになります。

気合いを入れて準備したのに子どもの反応がイマイチでガックリした経験とか、歌にしてみんなで「あるよね」って笑えると、気持ちが和みませんか。笑えればいい思い出になるでしょう。そういう効用があると思います。

昨日まで 大好きだった あのごはん
嫌いになるの 急すぎない?

――こちらの藤本美貴さん作の歌も共感を得ました。

俵さん:子どもがおいしいと言った八宝菜なのに、すぐに見向きもしなくなってしまったことを歌っています。子どもの掴みどころのなさをよく表現できていると思います。

トホホな出来事だけど、こうして形にすると、大事なワンシーンのように見えてきませんか? それが短歌の魔法です。

――「あのごはん」を「八宝菜」と言う言葉に置き換えてみると、情景がより具体的に浮かんでくるという俵さんのアドバイスも効いていましたね。

俵さん:歌を作り慣れてないと、短い詩のなかにいっぱい詰め込もうとしちゃうんですね。「あのごはん」といった方がいろいろな「ごはん」が含まれるので一見良さそうですが、実は具体的な言葉を置いた方が伝わりやすい。

「八宝菜」にすると、「うちは餃子よ」ってイメージが広がりませんか? なるべく具体的な言葉を使うと伝わりやすい歌になります。

歌を作ろうとするとアンテナが敏感になる

俵さん:もちろん、いろいろアドバイスはさせていただいたのですが、基本は素晴らしい作品を作ることが目的ではなくて、自分と子どもの時間を言葉にしようと思うことが大事なんですよね。

言葉にしようと思うと、その時間を丁寧に大切にできるし、言葉を探す過程で見つめ直す時間が生まれてきますので。

――子育て中の方だけでなく、毎日を忙しく生きる現代人に当てはまりそうですね。

俵さん:歌を作っているとアンテナが敏感になりますよ。
先日NHKの『最後の講義』という番組に出演しましたが、参加者の作品で人気だった歌があって。初出勤の日に駅でクロワッサンの香りに励まされたことを歌にしているのですが、これも、歌を作るという宿題があったからこそ、クロワッサンの香りに気づいたといえると思うんです。

歌を作ろうとしていると、ちょっとしたことに立ち止まれるんですよ。
この歌を詠んだ人は、駅に漂うクロワッサンの香りに気づくことで、初出勤のちょっとした緊張や不安が払拭されたと思うんです。

歌にしておくと、詠むたびにその日のことを思い出せる。大変なことが仮に9、楽しいことが1だったとしても、歌を作ろうとすると、1の楽しい方に気づけるようになるというのも歌の力だと思います。

PROFILE

俵万智/たわら・まち

歌人
1962年生まれ。早稲田大学在学中より佐佐木幸綱氏に師事。1987年の第1歌集『サラダ記念日』は口語で日常を鮮やかに詠み、280万部を超えるベストセラーとなって社会現象を巻き起こした。1996年より読売歌壇選者。『プーさんの鼻』(若山牧水賞)、『未来のサイズ』(短歌界の最高賞である迢空賞、詩歌文学館賞)、『アボカドの種』など多数の歌集を刊行。論考作品『生きる言葉』、評論集『愛する源氏物語』(紫式部文学賞)をはじめ、評論やエッセイ、絵本の翻訳等の分野でも幅広く活躍している。2023年、紫綬褒章を受章。

『みんなの短歌』好評発売中!

テレビ朝日の人気バラエティー番組『夫が寝たあとに』の話題のコーナー「育児短歌」を書籍化。番組で放送された名作短歌に加え、豪華ゲストによる書き下ろしや、俵万智さんによる育児短歌を詠むためのアドバイス満載の一冊です。
みんなの短歌』(マガジンハウス)1,760円

写真/目黒智子

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