【私の読書時間】ノンフィクションライター・最相葉月さんが選ぶ「認知症・介護の支えとなる」3冊

著名人の方にクウネル世代におすすめの本を教えてもらう「私の読書時間」。今回はノンフィクションライター、最相葉月さんにお話を聞きました。

身近な人が認知症になったら。 寄り添うための手がかりとなる3冊。

『絶対音感』『星新一』など数々の傑作を世に送り出してきた最相葉月さん。 最新のエッセイ集『母の最終講義』には30年に及んだ母親の介護のことなど最相さんの日常が綴られています。

今回は 「クウネル読者にとっても老いた親の問題は切実なはず」と、認知症と介護を題材にした3冊を選んでくれました。

『一条の光・天井から降る 哀しい音』耕治人
老老介護を描いた「命終三部作」 を収録。3編目の「そうかもしれない」は入院中の夫を訪ねた妻が 「ご主人ですよ」と言われ、返した言葉がそのまま表題に。同題の映画もある。講談社文芸文庫

1冊目の著者・耕治人は昭和の私小説家。
下記の文庫の中の「命終三部作」と 呼ばれる3編「天井から降る哀しい音」 「どんなご縁で」「そうかもしれない」が最相さんのセレクトです。「脳軟化症」となった妻と自らも患いながら介護する夫は最後は別々の施設へ引き取られます。

「ここには昭和の老老介護の姿が、役所や業者とのやり取りなど細かい記述をまじえながら描かれています。介護体制を整えるにも、自分であらゆることに責任をとろうとして、後手後手に回っていく。 人間関係が希薄な内向きな介護の息苦しさが伝わります。その苦しむ姿に、人が生きて死ぬというのはどういうことなのか、深く考えさせられました」

『家族じまい』桜木紫乃
「5篇目は母の姉の視点から。家族だけでは行き詰まるところに、 普段はいない伯母が現れることでみんなが救われる。私自身も、母の介護中、伯母の存在に随分助けられました」。集英社文庫

2冊目の『家族じまい』は現代小説。 母親の認知症の発症をきっかけに、父と 二人の姉妹がどう対処していくかが、5人の女性の視点から描かれた作品です。

「認知症が引き起こしたさざ波が家族一人ひとりにもたらしたものが繊細に描かれ、誰の視点に立つかによって、いろいろな読み方ができる小説です。

心に残る言葉がたくさんあり、例えば姉の言う〝若くないことが却ってつよみになっている(中略)今までとこれからの折り合いがつけられるから〟といったフレーズは読者にも響くのではないでしょうか」 最相さん自身は、同じように主介護者である妹にシンパシーを感じたとか。

「耕さんのように家族二人きりでの介護も孤独ですが、『家族じまい』のように家族がたくさんいても一人ひとりは孤独なんだということがわかります」

『私は私になっていく 認知症とダンスを』
クリスティーン・ブライデン、訳/馬籠久美子、桧垣陽子

著者は発症後、結婚相談所に登録し結婚。その夫が彼女の活動を支えている。最相さんは、やはり若年性認知症を発症した元東大教授の若井晋さんの取材を通してこの本を知った。クリエイツかもがわ

最後の『私は私になっていく』は、 46歳で若年性認知症を発症した当事者の著書。元々は日本で言えば内閣府の官僚で、 発症後に認知症の患者や家族のネットワークを作り、世界各地で講演を行うなど、 アクティブに啓発活動を行いました。

「この本には随分救われました。認知症がどういう病で、当事者は何に困り、周りの人に何をしてほしいかが、率直に書かれています。記憶のゆがみ方など当事者ならではの記述で、今介護をしている方、早期の認知症と診断を受けた方には支えとなる言葉がたくさんあります」

その一つとして、最相さんが挙げたの は〝(認知症の人は)過去の思い出と未来の心配から解き放たれ、「今」という時に在り続けている〟という意の一節。

その〝今〟に寄り添うために。手がかりとなる3冊がそろいました。

PROFILE

最相葉月/さいしょう・はづき

ノンフィクションライター
1963年東京生まれ、神戸育ち。『別冊NHK100分de名著 宗教とは何か』(NHK出版)が好評発売中。 8月20日に最初のエッセイ集『なんといふ空』がミシマ社から復刊予定。 切れ味のいい回答が評判の読売新聞「人生案内」は15年目を迎えた。

『クウネル』2024年9月号掲載 写真/池野詩織、取材・文/丸山貴未子

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『クウネル』NO.128掲載

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