料理家・脇雅世さん、60代で古い京町家をリノベーション!東京と京都の二拠点生活【京都編】

日々をもっと輝かせるために、生活の拠点を2つにしたという人が増加中。今回は料理家・脇雅世さんの拠点の一つとしている、京町家をリノベージョンしたご自宅にお邪魔しました。

PROFILE

脇雅世/わきまさよ

料理家。フランスのレストランなどで料理を習得した後、帰国して料理教室を主宰。テレビや雑誌などで活躍。出版した料理本の数は50冊以上。https://www.trois-soeurs.online/

瓦屋根に出格子が、いかにも京町家らしい佇まい

松の木の梁とヒノキの柱は家の顔。積年の汚れはきれいに洗い、塗装せずに素地をそのままの状態で。傷んだ箇所は昔ながらの巧みな工法で修復した。

格子戸をガラリと開けて、敷石の玄関にあがると木のいい香りがしました。料理家・脇雅世さん、加藤修司さん夫妻が京都の西陣に構えた第二の家です。引っ越しは取材日の2日前。できたてほやほやの新居をいち早くクウネルにお披露目してくれました。

ここは京都御所に近い西陣エリア。二条城や晴明神社も徒歩圏内で、歴史を色濃く感じられつつ、昔ながらの商店も点在する、京都の日常に出会える場所です。その一角に建つ築百年超えの町家を、改装してさっぱり気持ちのいい空間へと整えました。

「リノベーションのポイントは、この家が刻んできた年月がわかる古い梁や柱をそのまま残すこと。間仕切りを全部はずし、極力シンプルな間取りにすること。そうすると、玄関から奥の坪庭までが見渡せ、京町家ならではの縦長形状がよくわかります。また『暗くて寒い』といわれる町家の弱点をのぞくため、灯りとりの天窓をリビングスペースにつくるようにしました。そして料理教室の場でもあるキッチンは、可動式にしてフレキシブルに使えるように」。そう話すのは夫の加藤さん。

そのほか細かなオーダーはあれこれと。それら夫妻のお願い(ときに無理難題も)にこたえてくれたのは、同じく西陣に事務所を構える「アトリエG.R.J.」の山本裕司&ちなつ夫妻。建築士の妻が設計し、数寄屋大工の夫が現場作業を仕切りました。

「京町家を改装して暮らすなんていう、思い切ったことをできたのは、この二人との出会いがあったからこそ。一緒に物件を回り、いろいろアドバイスをいただいているうちに、これならいけそうって思ったんです」

【BEFORE】リノベーション前の外観。何年間も空き家で、人の住める状態ではなかったそう。設計や施工について話し合いを重ね、契約から1年で完成。

屋根の瓦を新しくし、壁も塗り替え、京町家らしい外観に。出格子は、連なる長屋に合わせた。2階についているすだれは、老舗の専門店にオーダーした。

敷石が日本家屋らしさを醸し出して。何もないシンプルな空間が好きなので、靴箱などは置かなかった。玄関の格子戸は、灯りとりの意味もある。

玄関から突き当りには坪庭を設置。京丹波の造園家と選んだ石で季節の花を飾る舞台に。昼は太陽光、夜は上下に設置したスポットライトで照らす。

窓際にテーブルを移動して食事をすることも。「年々、自然の光が目に優しいと感じるようになってきました」。オーク材の椅子は小さなひじ掛けがポイント。

特注のキッチンは、多様な使い方ができる

キッチンは、引き戸で隠せる設計に。「レストランでも、舞台裏は見えないようにするでしょう?食事の時は扉を閉めて使った調理道具には隠れてもらいます」

夫婦そろって東京生まれ、東京育ち。一時期、パリで暮らしたことはありましたが、生活の拠点はずっと東京にありました。そんな夫妻が縁のない京都に家を構えることになった一番の理由は、京都の「水」に呼ばれたから。脇さんがテーマとするフランス料理を京都の水で作ったらどんな味の違いが生まれるのか?が出発点でした。

「だしや味付けなど、関西の食文化は東京とはかなり違いますよね。京野菜など野菜も異なりますが、一番の差は水ではないでしょうか?フレンチでもブイヨン(だし)をとるというのはすごく大事なプロセスなのですが、フランスは硬水で、東京も京都に比べれば硬い水です。ところが、京都は軟水でまろやかな水。軟水でフレンチを作るとどんな味になるかな?と」

水に加えて、京都には魅力がいっぱい。歴史好きの夫にとって、古刹名刹が点在する京都は「テーマパークの集合体みたい」なのだそうで……。「観光客としてではなく、住人として接してみたい」と思ったのだそうです。

食器棚は出し入れしやすいように奥行を浅めに設定。料理教室用に同じ皿を多めに用意している。「フランスに行ったときに買ったものが多いです」

ビルトインのIHは可動式。料理教室のときは、部屋の中央に移動して、そこで調理のデモンストレーションをする予定。作業台のワゴンも用意した。

京野菜など関西の食材を使った、フレンチを料理教室で教える。そんな試みも京都ならでは。「東京・神楽坂の生徒さんたちも興味津々です」

寝室は極力すっきりさせて時にはゲストルームに

夫妻はともに60代後半。新しく居を構えるのにはちょっと遅いのでは?という声もあったといいます。でも、「したいときが始めどき」。違う土地で暮らし、その土地ならではの料理をすることに魅力と喜びを感じる脇さんにとっては何の躊躇もありませんでした。

「夫が50代後半で大病をしたこともきっかけです。『人間はいつか死ぬんだ』と実感して、お金や人生に対する見方が変わりました。年齢を重ねるごとに、体力は落ち、気力も昔のようにはいかなくなります。だったら元気なうちに動こう!って思えたんです」そう脇さんが言うと、加藤さんも大きくうなずきます。

「何事にも前のめりで生きる。守りに入らず、何か新しいことに挑戦しているほうが、ときめいていられる。ボケてるひまなんてないんじゃないかな」と笑います。脇雅世流フレンチが京都の食材と水でどんな化学変化を起こすのか?明るく風通しのいい京町家で、料理人生の新たな章の始まりです。

「京都は海外からの旅行客も多いし、そういう方々にもゆくゆくはお料理を教えたい。ここを拠点に、四国、紀伊半島など、東にいるとなかなか気軽にはいけなかったエリアも積極的に訪ねていきたいですね」

洗面所スペースは明るく心地よい空間。無駄な要素を省いて、シンプル設計にした。持ち物をなるべく少なくしたミニマムな暮らしが、夫妻の理想。

二階に寝室を設けた。壁をアクリル板にしたことで、圧迫感がなく、採光ができる。「一階から内部が見えづらいように、下半分は半透明にしています」

二階から見ると、いかにすっきりしているかがわかる。床はきれいな木目が特徴のアッシュ材。テーブルはチェリー材。無垢の木がこの家の心地よさを作る。

『ku:nel』2023年9月号掲載 写真/石川奈都子、取材・文/鈴木麻子

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『クウネル』No.122掲載

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