心の支えとなっているもの、暮らしで頼りにしているもの。「愛するもの」についてのストーリーを語っていただきました。
尾見紀佐子/おみきさこ
プロデューサー・ディレクター
株式会社マザーディクショナリーの代表。東京都渋谷区のこども・親子支援センター『かぞくのアトリエ』のほか、さまざまなマネージメント、出版、プロダクト制作を手がける。
子どもにまつわる3つの施設で開催するアートスクールや、主宰する旅と手しごとをテーマにした合同展示会『TRACING THE ROOTS』などを通して、普段から多くのアーティストと接している尾見紀佐子さん。
お子さんたちが独立という節目に、初めて自分のために買ったアート作品が、 こばやしゆふさんの絵画です。
「3人の子育てをしながら仕事をしていると、やっぱり家庭が優先になって しまう。だから暮らしに必要なものではない、自分の趣味のものを買うタイミングがなかったんです」
「器や花器、オブジェなどの細々としたものは、そのときどきの思い出として買ってはいましたが、こういう大きな絵を買うのは初めて。パートナーと一緒に暮らし始めるタイミングでもあり、『これからは私の人生を生きる』という、決意表明だったのかもしれません」
この絵との出合いは、「TRACING THE ROOTS」のポスターなどに使う絵を探していたときのこと。実は、最初から購入を決めていたわけではなかっ たそう。
「アーティストの方には何かのために 絵を描いてもらうのではなく、もともとある作品から選ぶようにしています。 何枚も見せていただいた中で、最初にいいなと思ったこの絵を選んだのです。そして、準備していくなかで買いたいと伝えました。いろいろな解釈ができて自由に受け取れるし、ポジティブに捉えられて、飽きずに見られるいい絵だなと思います」
その後、ゆふさんの家に遊びに行くなど、プライベートでも交流がスター ト。その生き方からも大きな刺激をもらえる、尾見さんにとって特別な存在 なのだとか。
「ゆふさんは家や家具、身につけるもの、器、食べるものまで全部自分で作る人。探求者でもあり、自分の身体に対する挑戦もしていて、料理も実験をしながら作るんです。海に潜って魚も採ってくるし、山も走る。日本人離れしているんですよね」
「ゆふさん自身が愛に溢れた人で、ものすごくエネルギーがあるから、作り出すものが人の心を動かすんだと思います。私は普段関わっているアーティストが多いから、 あえて皆さんの物を買わないようにしているのですが、このほかにも絵を何枚かと、器やオブジェも買わせてもらいました。本当に天才だと思います」
人柄が滲み出た作品にエネルギーをもらう
ゆふさんの作品の一番の魅力は、計算がないことだと尾見さん。
「普通は展覧会をするというとテーマを決め、それに合わせてどう表現するかを考え、どういうものが売れるか、ある程度の計算をしなくてはいけない部分もあると思うんです。でもそれが一切ない。最低限の暮らしができれば十分で、自分が作りたいときに、作りたいものを純粋に作っているんです」
「だから家にお邪魔する度に絵の作風が違って、『今はこれなんだ!』という発見がある。うさぎばかり描いていたときもあったし、この絵のような抽象の絵が続いたかと思えば、風景に人が描きこまれていたり。だから『今度は何を作るんだろう』という楽しみがあるんです。溢れ出るものを作品にしている人に惹かれるんですよね」
この絵を機に、少しずつアートを買うことが増えたという尾見さん。家のあちこちにプリミティブなオブジェや絵が飾られています。
「あまり所有欲はなく、家を素敵にしようという視点では選んでいないんです。飾きれない作品は、運営している3施設に置いたりしています。アート作品に限らず、洋服や家具、食べるものでもなんでも、作るものには人柄が現れると思うので、ちゃんと頑張っている人のものを買いたいですね」
『クウネル』2022年7月号掲載
写真/鈴木静華、取材・文/赤木真弓