作家・エッセイストの甘糟りり子さんのお気に入り!大人のための、向田邦子作品。

向田邦子 アイキャッチ

『あ・うん』など、数々の名作を世に送り出し、今もなお愛され続ける作家・向田邦子さん。作品の多くからは人間に対する彼女の鋭い洞察力が伺えると同時に、生前の明るくはつらつとした彼女の素顔を垣間見ることもできます。今回は、そんな向田邦子作品の魅力を、おすすめ作品とともに、作家・エッセイストの甘糟りり子さんにご紹介していただきました。

10代のころから、向田邦子さんの本は読んで、それなりに楽しんでいたけれど、この年になってやっとわかるようになったことがたくさんあるんです、と甘糟りり子さんは言います。

確かに『あ・うん』のメインテーマの互いに口にはしない男女の心の機微や、『阿修羅のごとく』に描かれる4人姉妹それぞれの愛憎は、大人だからこそ理解できるところもありそう。

「Me Too 運動が盛んないまの時代の女性からしたら、『あ・うん』みたいに男が家の中でえばっているなんて腹も立ちますが。でも、言わぬが花、というのか、喜怒哀楽の4つの感情だけでは語れない、その間で動く気持ちこそが大事なんじゃないかな、と思わされるのです」

没後約40年を経ても、愛され続ける向田さんの世界。
「面倒くさいこともふくめて、波風が立つことこそ人間関係の醍醐味なのでは、と教えられる気持ちがします」。


『あ・うん』

「あの男は、生きては帰れんな」 仙吉がぽつんと言った。特高ににらまれて応召した人間は生きて帰れないという噂があった。 「さと子ちゃんは、今晩一晩が一生だよ」 門倉もこう言いたいのをこらえたー『あ・うん』より

向田邦子 あ・うん
1980年、81年にNHKのドラマとして放映されたシナリオを向田さん自身が小説化したもの。東京に暮らす平凡なサラリーマン・仙吉と事業で成功した門倉の友情と、門倉の仙吉の妻への密やかな恋情を描いた著者の代表作。終盤、仙吉の娘が、戦地へ赴く恋人へと走るのを見送る、男二人の情景を描いた名場面。(文春文庫 ¥470)

『父の詫び状』

親のお辞儀を見るのは複雑なものである。面映ゆいというか、当惑するというか、おかしく、かなしく、そして少しばかり腹立たしい。自分が育て上げたものに頭を下げるということは、つまり人が老いるということは避けがたいことだと判っていても、子供としてはなんとも切ないものがあるのだ。ー『お辞儀』より

向田邦子 父の詫び状
「向田さんの没後、いろいろな作品が再編集されていますが、もしオリジナルエッセイを読むなら、オリジナルのこの作品から読んで欲しい」と甘糟さん。乳がんの手術をし、テレビの仕事を降りた直後に依頼を受けて、PR誌『銀座百点』に発表したエッセイ集。
『あ・うん』をほうふつとさせる昭和初期の家族の風景を描く。(文春文庫 ¥630)

『阿修羅のごとく』

向田邦子 阿修羅
1979年にNHKで放送されたドラマのシナリオ集で、その後、映画化もされた作品。老父に愛人がいると知って色めき立つ4人の姉妹。そのことを老母に知らせまいと右往左往する彼女たちにも、それぞれの家庭や恋人の事情が……。小説化もされているが、「読むたびに泣けるシーンもいろいろあるんです」。(岩波現代文庫 ¥1,100)

『ku:nel』2020年9月号掲載
取材・文 原 千香子、青木純子

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甘糟りり子

1964年生まれ。幼少より草花に囲まれた鎌倉の家に暮らす。『産まなくても、産めなくても』、『産む、産まない、産めない』(ともに講談社文庫)など、出産にまつわる物語が多くの女性の支持を得ている。『鎌倉の家』(河出書房新社)や『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)などでは、鎌倉での暮らしの魅力と愛情を綴っている。その他著書として『バブル、盆に返らず』(光文社)も。
Instagram:@ririkong

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