【フランスマダムの離婚物語】波乱万丈から穏やかな生活へ。「今の私が一番好き」になるまで。

女性であれば、白馬の王子との出会いを夢見たことがある方は多いのではないのでしょうか。しかし現実はほろ苦いもの。離婚や不安を乗り越え、50歳で恋愛至上主義に終止符を打ったブリジット・ヨークさんのインタビューをお届けします。

Bridget Yorke
ブリジット・ヨーク さん

元モデルでヘルムート・ニュートンのミューズとして仕事をしていたことも。食事はヴィーガン。娘がひとりいる57 歳。

ラフな服でもスタイルのよさが際立つ 元モデルでデザイナーのブリジット・ヨ ークさん。仕事を求め、 21歳で南アフリカからフランスへ。でもそこからが、波瀾万丈の人生の幕開けでした。

「パリに来てわずか 1年で、 16歳年上の ファッションブランドを展開する、裕福 でハンサムな男性と知り合い、ひと目で 恋に落ちたんです。会った瞬間、彼と結婚する運命だとわかりました」

不安な異国での生活の中、ブリジット さんの前に現れた素敵な王子さま。でも 幸せは、さほど長くは続きませんでした 。
「ハンサムでお金持ちはモテるというのが常で……。その頃の私は、モデルで美しかった。でも彼は浮気を繰り返したん です。そんな彼を信じ続け、浮気を見て見ぬ振りをしていた私は愚かでした。世界一幸せだと思っていた結婚は間違いだったんです」

結婚後はモデルを辞め『YORKE&COLE』という自分のファッションブランドを立ち上げました。でも徐々に子供が欲しいという気持ちが募り、仕事を辞めた翌年、 32歳で出産したのです。

「私自身が子供を欲しかったし、彼が変わるかな?という期待もあったんです」
しかし子供が生まれても、彼が変わることはありませんでした。そして、ブリジットさんに離婚を決意させるような決定的なことが起きたのです。

離婚で不安だったのは金銭面。

「結婚したからには夫婦というイメージを守り続けたいと思い、ずっと我慢したし、努力もしてきました。でも彼が他の女性との間に子供を作ったんです。心の中の糸がぷつんと切れ、何もかも我慢ができなくなりました」

実はブリジットさん自身も、寂しさから気の迷いが起きました。決して夫一筋の貞淑な女性ではなかったのです。
「自分も浮気をすれば、彼のフランス的恋愛観を理解できるかなと。でもダメでした。私の中の倫理観は浮気は正しくないと思ったのです。だからお金や夫婦の形を失いますが、離婚を決意しました」

不安だったのは金銭面。元モデルという華やかな肩書きはあったものの、パリで働いたのは実質3年。裕福な暮らしに慣れていたことも、不安感を煽りました。
「結局38歳で離婚したんですが、45歳までは彼のお金で生活をしていました」

その後、19歳も年下の男性と恋に落ちてしまい……。恋に夢中のときはよかったのですが、次第に自由気ままな彼に振り回され、精神的に疲れていったのです。

「あの頃の私は暴れ馬のようで、つねに崖っぷち。実際、50歳で彼と別れると酒浸りになり、朝帰りしたり、生活まで乱れて。でもある時、訪れたインドで目の前の霧が晴れるような不思議な感覚を得て、それまでの生活を変えることができたんです。すると不安も焦燥感も消え、まずは人を許せるようになりました。男性や恋愛を必要と感じなくなり、仕事に集中できるようにもなりました。今はそのインドとパリを行き来し、インド国内向けにコレクションを展開しています」

50歳で恋愛至上主義を卒業したブリジットさん。寂しくはないかと尋ねると、「昨年、娘が出産しておばあちゃんになったんです。今は庭に花を植え、動物と暮らす生活。今の私が一番好きですね」

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『ku:nel』2016年7月号掲載
写真 篠あゆみ/コーディネート 石坂のり子/取材・文 今井 恵

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