【食文化研究家・北村光世さん】食べた料理が蘇る世界各国の“器”が「生きることを楽しくしてくれます」
同じ料理でも器が変われば味わいも違って感じられるもの。食文化研究家・北村光世さんの器と料理の関係とは?
PROFILE
北村光世/きたむらみつよ
ハーブ、オリーブ油研究家。アメリカ留学時代にハーブと出会い、食文化に関心を広げる。海外の食文化に造詣が深く、現在は小学校や幼稚園での食育など、食の啓発活動を展開。『まいにちのハーブレシピ』(河出書房新社)など著書多数。
食欲が落ちない工夫を込めた、小さな器の丼
アメリカ、メキシコ、イタリアで暮らした経験を持ち、海外で食文化に触れる機会が多く、旅先ではその国の台所道具や器を買うのが常という、食文化研究家の北村光世さん。
「買ってきた道具や器は置いておくだけでなく、使わなきゃと考えます。メキシコ料理を作るのなら、あそこで買ったあのお皿かな。でも料理が出来上がったら、いや、こっちのお皿の方が似合う。そんな風にあれこれ悩むのが、私にとって生活の楽しさなんです」
たとえば原稿を書くとき、器を見ただけで過去の出来事が鮮明に思い出されるそうです。
「キューバの器をテーブルにのせると、ヘミングウェイが足繁く通ったハバナのバーを思い出す。初めて飲んだのは、名物のカクテル、モヒートでした」
ハーブやオリーブオイルの著書が多く、その知識を生かして、積極的に日々の料理に取り入れる北村さん。料理と器は〝一体〟であるといいます。
「私はもう歳でご飯をたくさん食べられないから小さい器で食べているんです。メキシコのサルサや、ブロッコリーをオリーブオイルでゆっくり、ゆっくり炒めたトッピングを、ご飯にのせてミニ丼をつくるんだけど、イタリアの器がちょうどいいサイズ。そしてご飯や炭水化物にはオリーブオイルを絡めてコーティングするんですが、そうすると血糖値の上昇がゆるやかになるし、おいしくなるんです」
夏の暑さで食欲が落ちた日も、喉越しがよく、さっぱり食べられるうえ、健康にも気づかうメニューなのはさすがです。
副菜には〝カリフラワーのマリネード〟。水やタラゴンビネガー、マスタードシードを熱したものを生のカリフラワーにまわしかけ、最後にオリーブオイルで和えたら、スペインのグリーンのボウルに。ストウブの鍋で生姜やパクチーの根や茎、ハラペーニョとともに鶏の手羽中をことこと煮て、コラトゥーラ(イタリアの魚醤)で味を調える〝手羽中の薬膳スープ〟。これは作家本人とも交流がある韓国の申京均さんの白磁の片口でいただきます。
「よい器はとにかく使いやすい。軽いし、扱いもとても楽なんです」
北村さんはパルマにも家を持っているので、イタリアの器がとにかく多いのです。ついでスペイン、メキシコ、モロッコ、ミャンマーのグラスといった珍しいものまで。
「旅先で買った器は、すべて洋服やタオルで大事に包み、ハンドキャリーで持ち帰りました。昔は夫に『お前は旅先から重い石を持ち帰っているのか?』と呆れられていました。その頃は、まだ力があったのよ」
毎日の食事に活躍するのは、世界各国の器
海外生活を経験して気づいた、料理と器の工夫もうかがいました。
「日本は海外に比べてテーブルが小さいんです。うちはお客さまがたくさん遊びに来るとき、サービング用の大きなオーバルの器が大活躍します。丸型の器よりたくさん並べられるから、日本の小さめの食卓にはぴったりだと思います」
オーバルの器には生ハムのお寿司を作って並べたり、バゲットを切って並べたり。どの器も「ベトナムの市場で買ったのよ」「イタリアの器の工房で購入させていただいたの」と、国や生産地の名前がすぐに出てきます。
「料理と器のバランスは、まずは料理が生まれた国の器で考えます。やはり、料理が美しく映えますから。あとは料理にあったサイズと深さ。でもあまり決めつけず、あれこれ違う器を合わせてみたりします。日々の食事は誰かに見せるわけじゃないから、組み合わせに失敗してもいいんです。いろいろな器を持っていると、旅してきた国々や出会った人々のことが思い出され、生きることを楽しくしてくれるんです」
『クウネル』2023年7月号掲載
写真/柳原久子、取材・文/今井 恵、矢沢美香
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『クウネル』No.121掲載
料理好きな人のいつものごはん
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