鎌倉に「enso hanare(エンソウ ハナレ)」がオープン。発酵料理の奥深い味わいに五感が刺激される新しい食体験
建物の老朽化に伴い閉店した「enso」の新たな挑戦として、鎌倉・佐助にオープンした「enso hanare(エンソウ ハナレ)」。藤井 匠シェフが提案するのは鎌倉の新鮮な食材と、自家製発酵調味料とのマリアージュ。ひと皿ごとに驚きがあり、体も心も喜ぶ料理を、取材してきました。
約100種類の発酵食材や調味料が、料理に奥行きを与えて。
野菜や果物、魚、肉などから作る調味料や味噌など、藤井シェフお手製の発酵調味料。
カウンター8席のみの洒落た店内に入ると、目を引くのはずらりと並んだ発酵調味料の保存瓶。すべて藤井シェフの手作りで、中には5年以上発酵させているものもあるそう。
牛肉から作った「牛醤」はいわば魚醤のお肉バージョン。トマト麹とフレッシュなトマトを合わせた「トマト醤」、大豆と金目鯛で作った味噌など、約100種類の発酵食材や調味料を料理のすべてに取り入れています。
「新鮮な食材には出せない、熟成されたおいしさを味わえるのが、発酵料理のおもしろさですね。たとえば、締めに出している藁焼き鰹の炭火焼きおにぎりも、フレッシュな秋の戻り鰹を、4年ほど熟成させた初鰹の魚醤でマリネしているんです」と藤井シェフ。
初鰹の魚醤でマリネした藁焼きの戻り鰹と、たっぷりの追い鰹節を混ぜていただく香ばしい焼きおにぎり。鰹と相性のいい新生姜の香りを移したオイルが添えられていて、味変も楽しめる。
発酵の力で、油脂や砂糖に変わるコクや甘みを引き出す。
油脂や砂糖に頼りすぎず、発酵の力でコクや甘みを引き出しているのも藤井シェフの料理の魅力です。
パンに添えられたバターは、酒粕と米麹で作られた(恐ろしく手間のかかる)自家製のヴィーガンバター。そして、アルコールが飲めない藤井シェフが考案したノンアルコールの発酵じゃがいもドリンクも独創的。じゃがいものでんぷんを天然水に溶かし、米麹を加えて発酵させたドリンクはほんのりとした甘みが特徴で、お酒が飲めない人も白ワインや赤ワインのような感覚で食事と一緒に楽しめる趣向です。
ランチコースは全6品。にんじんだけでこんなに味や食感の広がりがあるのか、と感動する野菜の前菜、自家製味噌で漬けたしっとりした金目鯛の焼き物など、どれもひと言で何の味、と説明できない複雑で奥行きのある味わい。発酵のほか、乾燥、塩蔵、燻製といった伝統的な日本の手法も取り入れられていて、斬新な組み合わせなのに、どこかほっとするような滋味深さも感じます。
ねっとりとして自然な甘みが際立つ菊芋のコンフィ。上にかかっているのは、バニラの香りをまとわせた泡と、煮詰めたポートワインに牛醤を加えたソース。
メインの焼き物は、大豆と金目鯛を発酵させた味噌で漬けた三浦半島沖の金目鯛。ふくよかな香りで身がしっとりしていて皮までおいしい。付け合わせの鎌倉わかめもいいアクセントに。
植物性たんぱく質の大豆で味噌ができるなら、動物性たんぱく質も味噌にできるのでは?との発想から大豆に魚を加えた味噌も考案。金目鯛の味噌は2年ほど発酵熟成させたもの。
ひと皿を介して、不離一体の食体験を。
「INTERSECT BY LEXUS TOKYO」や「bricolage bread & co.」などを経てヘッドシェフに就任した藤井シェフ。まさしく「離れ」のような佇まいの店は、カウンター8席のオープンキッチンスタイル。ディナータイムは藤井シェフがワンオペになるそう。
シェフとの距離感も近いゆえ、料理や発酵調味料のことをついつい質問攻めしたくなりますが、むしろそんな会話もぜひ楽しんでほしいと藤井シェフ。
「おいしい野菜を作ってくれる農家さんや魚を獲ってきてくれる漁師さんのことも知ってほしいし、発酵調味料もテイスティングしてもらっているので、興味があれば何でも聞いてください(お酒のこと以外なら!)。その中でゲストの方同士の会話も自然に生まれていくーー。そんなふうにここでのひと皿を介して、生産者の方々、料理をする僕たち、そしてゲストの方々が時間を共有し、一体となる食体験を味わっていただきたいです」
取材を終え、鎌倉から東京へ戻ること1時間。ランチコースをしっかり完食したのに、気づけば胃袋が軽やかだったことも、料理のおいしさに続く2度目の驚き。肩肘張らずに素直に料理と食にまつわるストーリーを楽しみ、心も豊かになるような時間でした。わざわざ鎌倉に訪れたくなる名店が、また一つ誕生しました。
RESTAURANT DATA
enso hanare
夜はアラカルトで楽しめるカジュアルなビストロスタイルに。ワインと日本酒が2時間楽しめるフリー・フロー(飲み放題)も。
住:神奈川県鎌倉市佐助1-12-10
営:ランチ 月・火・金・土・日 12:00 一斉スタート、アラカルト 金・土・日 18:00〜21:00(L.O20:00)
休:水・木
https://www.enso-osaji.net/
写真/玉井俊行、取材・文/矢沢美香