世代間ギャップに遭遇して、若者の生きた言葉を学んでいます。例えば「えっぐ」とか。【中川正子さんフォトエッセイVol.4】
50歳は人生の折り返し地点というけれど、旅の途中のようなもの。まだまだ成長できるし、もっと人生を楽しみたい。でも、実際は暮らしも体も気持ちもいろいろと変化するわけでーー。そんな50代のリアルな視点で、暮らし、美容と健康、装い、人との関わり、仕事、学び、旅……とさまざまなテーマで、今思うこと、日々のちいさな発見や挑戦を、写真家・中川正子さんが写真と文で綴ります。今回は、若者言葉に刺激を受けたお話。
英語は得意なほうだがネイティブじゃない。だから英語が母語の友人にチェックするようにしてる。近頃はAIにも。でも、やはりネイティブスピーカーの生の意見のほうが、そのひとの言語感覚も含め、信頼できる。
似たことが、わたしの母国語である日本語でも必要な場面が増えてきた。第一言語なのに、正確に意味が捉えられない。そう、世代間ギャップというやつ!
日本語なのに、意味がわからない
「会話させてください」
これは広告系の案件で何度かいただいたメールの文言。「会話をしましょう」ならわかる。「お話しさせてください」も自然だ。「会話させてください」は英語にも近い表現はある。でも、なにかちょっと違う。違和感がある。いったいこれは。
いただいたメールを読み返してみると、極めて礼儀正しく整然とした日本語が並ぶ。その末尾に、その一文があった。
「この件について会話させていただけたら幸いです」
会話。えっと、あなたはわたしと電話で話したいのか、それとも。メールの返信でいいのか、対面を希望していらっしゃるのか。ニュアンスが、わからない!
写真家はみずからの感性を頼りに進める仕事でもある。細かな感覚が掴めないやりとりには、不安ともどかしさががつのる。
20代の写真。四半世紀前、ギャルかったわたし
ああ、わからん。ネイティブに相談だ!
頼りにしている20歳年下の友達に聞いてみる。
これってどういうニュアンスかな?そもそも、使う?
「広告代理店の営業が使う印象はありますね。でも初めてご依頼するメールの地の文には僕は使いませんね。」じゃあ逆にいつ使うの?「たとえば部署内で。誰と会話しときます。みたいなカジュアルな文脈で僕は。」なるほど。
認めなきゃいけない。実はうっすら期待していた。わたしと同じく彼が「意味わかんないですねぇ」って反応してくれることを。
でも違った。彼は当然のように理解していた。用法まで説明してくれた。明快だった。ああ、この人はこの言語圏の住人なんだ。
わたしだけが、外国人だった。
「会話」という極めて日常的な単語のあたらしい用法。でも、まだするりと使える気はしない。英語のスラングに手を出すのに慎重なのと同じきもちだ。もう少し、様子を見てから使おっと。
「えっぐおしゃれ」
先日、息子の通う高校に行く機会があった。部活の仲間たちと楽しそうに戯れている。近づくとみんなこちらを振り返る。活発な雰囲気の女子ひとりが「〇〇のお母さん?」と息子に確認した後、わたしを一瞥し「えっぐおしゃれ!!」と目を見開いた。
これはエッグ
エッグ。脳内に生まれたての卵がころんと転がる。卵おしゃれ、、?
いや、もしや「えぐい」と「おしゃれ」を組み合わせたのか。この変換に1.5秒ほどかかった。
こういう時は知っているふりをしないに限る。いま、褒めてくれたんだよね?えぐいおしゃれ的に?尋ねると女子はうなずく。「いやもちろんそうです。えぐいです」さらさらの髪を揺らし教えてくれた。
我が家唯一の10代である息子は流行り言葉をあまり使わない。わたしはテレビも見ない。SNSもフィルターバブルの中。わたしは案外、10代のリアルな日本語を知らないのかもしれない。初めてネイティブスピーカー(16歳)の生きた言葉に触れた思い。
「えぐおしゃれ」ではなく「えっぐおしゃれ」
その違いはなに?と尋ねる。
彼女は朗らかに答えてくれる。「強調するときはえっぐ。ですね。わたしのオリジナルかもですが」
ほほう。
アメリカ留学時を思い出す。
”How are you?” ”I’m fine, thank you. And you?”
義務教育で叩き込まれた英語のこの挨拶。実際に渡米して、若い世代でそんなやりとりをする人は少ないってことに驚いた。間違ってるわけじゃないけどほぼ誰も使わない。もっと時代の空気、そして使う側のライフスタイルに合った挨拶というものがあった。
母国語も、学びつづける
言葉は、生きていて、つねに変わっていく。
感覚って、日々見て聞いて触れたものから培われていく。正解、不正解があるわけじゃないセンスの世界においては、どれだけ多くのソースに触れたかがじぶんの物差しを作っていく。
16歳の息子からもカルチャー、スラング、教えてもらう
「会話しておきますね」は、オフィシャルなビジネスメールに載せるにはちょっと違うかもという若い友人たちの意見。それだって、来年にはころりと変わるかもしれない。彼らは浴びるようにその種の言葉をやりとりし見聞きしているからこそ、その変化にも敏感だろう。
でもわたしは異国に住む人間のようなもの。触れる数は彼らに比べ明らかに少ない。外国語を学ぶように、日本語も学び続けたい!
ネイティブチェックをさせてくれる10代たちや若い友人ら。みんなが快く教えてくれる感じのよい50代の隣人でいられたらいい。異文化を懸命に勉強してる外国の人にはみな、親切にしたくなるでしょう。まぁそんなかんじ。
わたし、えっぐ頑張る。
(まだ使い方、違うな)
PROFILE
中川正子/なかがわ・まさこ
写真家
神奈川・横浜生まれ、千葉・船橋育ち。2011年に東京から岡山へ拠点を移す。自然な表情をとらえたポートレートや美しいランドスケープなどを得意とし、雑誌、広告、書籍など多ジャンルで活躍。写真集も多数出版。執筆も手がけ、エッセイ『みずのした』(くも3)を2024年に発表。Intagram:@masakonakagawa
写真・文/中川正子