カフェ巡りの達人が“京都”に行く理由。とっておきのカフェ2選【前編】/編集者・山村光春さん

独自のアンテナで感度の高いカフェを見つける達人・編集者の山村光春さん。大阪出身とあって馴染みの深い京都で見つけた、とっておきのカフェ2選を案内するエッセイ前編です。

PROFILE

山村光春・やまむらみつはる

1970年大阪生まれ。編集者。BOOKLUCK主宰。編著書に『眺めのいいカフェ』(アスペクト)『おうちで作れる カフェのお菓子』(世界文化社)など多数。京都芸術大学講師。「やさしい編集室」運営。現在、東京と福岡の二拠点暮らし。

日常から解き放たれる、美しいカフェ時間

「そうなんですよ。よくぞ気づいてくれましたね」

我が意得たり!とでも言いたげなほころんだ笑顔をまっすぐに浮かべ、マスターは言った。今こうしてこの場にしたためるほど、その懐っこい表情は記憶にいつまでも残り、じんじんと心を温めた。

僕がカフェ「WIFE&HUSBAND」に初めて訪れたのは、京都で暮らす旧友の案内だった。出町柳で待ち合わせ、さてどこでお茶しようかとなったとき「空いてるかなぁ」なんてぼそぼそつぶやきながら、彼女は鴨川のほとりにあるその店に連れていってくれた。京都で〝くぐる〟と言えばのれんと相場が決まっているが、どっこい、ここは古道具だった。カゴやらゴザやら椅子やらが宙吊りになった向こう側、ほの暗い小空間に、甘く苦い香りが充満していた。

僕らは運良く空いていたカウンター席に腰掛け、しばらく話に花を咲かせた。やがて差し出された珈琲、ヴィンテージのカップに注がれた漆黒を飲むやいなや、目を丸くした。口当たりは深く濃く、余韻は軽やか。骨格はどっしりとしているのに、佇まいは紅茶のようにすっと美しい。今まであまた飲んできた珈琲の、どれとも違う味わいだった。思わず「何これ?新感覚!」とつぶやいたそのとき、不意に冒頭の言葉が返ってきたのだ。

それから僕は京都へ旅するたび『WIFE&HUSBAND』への来訪を試みることになるが、お店はさらに人気となり、なかなか叶うことのないまま、のんきに時を経た数年後のある日、胸おどる報せが届いた。京都駅のほど近くに、ロースタリーを兼ねた姉妹店『DAUGHTER/SON』が開店したというのだ。イートインスペースはないらしいが、〝あの〟珈琲が気軽に買えるだけでも十分だった。思い出すとたちまちあの味わいが恋しくなり、京都旅の計画を急いだ。

オープンして間もないというのに、そこはもう何年も、なんなら何十年も経っていそうな気配をむんと醸していた。壁に掲げられたCOFFEEという看板も、新たに設えたとはにわかに信じられなかった。僕はまんと期待寄せ、ぎぃと軋む観音扉を開けた。

すぐにコーヒー豆のカウンターがあり、繊細なガラスケースには、紙箱とうす紙に包まれたパッケージがていねいに並べられていた。スタッフ曰く、2階は古道具などを扱うギャラリーだという。そっちにもだんぜん目がない僕は、さっそく階段をそろりとのぼる。すると夥しい古いものをかいくぐった先に、あの時のマスターがひょいといた。いつか見た、あの懐っこい表情を浮かべていた。

僕が京都を好きな理由はいくつも、本当にいくつもあるけれど、端的に言うなればこのお店と、エピソードに象徴されるようなことかもしれない。

後半へ続く。

ROASTERY DAUGHTER / GALLERY SON

住:京都市下京区鎌屋町22
電:075-203-2767
営:12:00~18:30
休:不定休
WEB:https://www.wifeandhusband.jp/

後半を読む

『クウネル11月号掲載』文/山村光春、イラスト/川合翔子

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『クウネル』No.123掲載

私のとっておきの京都

  • 発売日 : 2023年9月20日
  • 価格 : 980円 (税込)

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