【島田順子さん80年の軌跡②】デザイナー・島田順子さんの仕事と愛と人生、80年の歴史を遡る。

島田順子 生き方

どんな人生を過ごしてきたら、年齢を重ねてもなお魅力的なデザイナー・島田順子さんのような女性になれるのでしょうか。主に渡仏してからの55年間のできごとを、思い出の写真とともに辿ってみました。島田順子さん80年の軌跡シリーズ第2弾です。

Junko Shimada History

島田順子
1992年頃 コレクションの準備中。 モデルにフィッティングして細部をお直し。

●1941 千葉県館山に生まれる
●1963 杉野学園ドレスメーカー女学院デザイナー科卒業
●1970 パリの百貨店「プランタン」研究所に入る

●1970 デザイナー集団「マフィア」入社
●1975 「キャシャレル」でコレクションを制作・発表
     「キャシャレル」婦人、子供、紳士服のチーフデザイナー歴任

1987年春夏コレクション。フィナーレにステージで挨拶する島田さん。

1970年代、デザイナーの熊谷登喜夫さんのパリのアパルトマンにて。

27歳。友人とイビサ旅行中の車内で。健康的な日焼け肌にロングヘアが印象的。

38歳。インドのゴア旅行中。16歳年下のボーイフレンドと娘と友人の息子と。

1985年頃 自宅で娘の今日子さんと。ヘリンボーンの床にゼブラ柄クッション。

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●1976 娘、今日子誕生 モンマルトルのアパルトマンを購入
●1978 パリに「JUNKO SHIMADA DESIGN STUDIO」設立
     パリにて初めて「JUNKO SHIMADA」コレクションを発表
     東京にて初めて「49AV. junko shimada」コレクションを発表
     代官山にブティックオープン
     この頃からまとめ髪をすることが多くなる

●1983 夫となる山地三六郎氏と東京で出会い、遠距離で愛を育む
●1985 パリに最初のブティックを〈rue Etienne Marcel〉にオープン

●1986 「JUNKO SHIMADA PART2」発表
     東京に「ジュンコシマダインターナショナル」を設立
●1987 ブーロンマーロットの家を購入    

●1988 山地三六郎氏と結婚
    1年の3分の1を東京で過ごすようになる
●1996 日本ファッションエディターズクラブデザイナー賞受賞

●1998 「JUNKO SHIMADA JS homme」(紳士服)発表
●2001 パリの〈rue Saint-Florentin〉に新ショップオープン
●2006 「mocassin junko shimada」発表
●2008 「Soir de Paris by JUNKO SHIMADA」(フォーマルウエア) 発表

島田順子 
2010年に生まれた孫の今ちゃんと母になった今日子さんとの母娘3代のショット。

●2010 孫の今、誕生
●2011 「PART2 by JUNKO SHIMADA」発表
    夫・山地三六郎氏と死別
●2012 フランス文化勲章シュバリエ受章
●2013 「JS JUNKO SHIMADA」発表

島田順子
2019年春夏パリコレクションの準備中。アトリエのスタッフ・アリフと最終調整。

●2019 館山市名誉市民の称号を授与される
●2020 「SUITS BY JUNKO SHIMADA」発表
●2021 パリコレクション80回・40周年を迎えた
    7月7日80歳を迎えた

1988年 山地三六郎さんとの結婚式。セーヌ河の船上にてすずらんを飾って。

1980年代後半 ポートレート用写真。ボーダーTシャツですでにまとめ髪に。

2018年 東京・表参道で多くの人を招いて行われた77歳のバースデーパーティ。

2018年夏 島田さんが所有するヨットで、実家のある館山の海をクルージング。

2018-19秋冬パリコレクションに来てくれた高田賢三さんとバックステージで。

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『ku:nel』2021年9月号掲載

協力 中西千帆子、島田今日子/編集 黒澤弥生

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