松浦弥太郎さん初監督映画『場所はいつも旅先だった』特別インタビュー。10月29日より公開。

松浦弥太郎 映画

クウネル本誌での連載『大きな山をこえるとき』も好評な、エッセイスト・編集者・クリエイティブディレクターなどさまざまな顔を持つ松浦弥太郎さん。初めて監督をした映画『場所はいつも旅先だった』が10月29日より公開します。松浦さんに、本作品や旅について、お話をたっぷり伺いました。

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2011年に出版された、松浦さんの旅にまつわる自伝的エッセイ集『場所はいつも旅先だった』と同名タイトルの本作品。内容は映画オリジナルで、サンフランシスコ(アメリカ)、シギリア(スリランカ)、マルセイユ(フランス)、メルボルン(オーストラリア)、台北・台南(台湾)の世界5カ国、6都市を巡り、1本のドキュメンタリーとしてまとめた、まるで松浦さんの本を読んでいるような心地の良い作品です。

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ーー映画を監督をされていかがでしたか?

松浦弥太郎さん(以下、松浦):僕は映画監督でもないし、おこがましくて「映画をつくりました」とは言えないのですが、イメージしていたのは自分の好きな旅のさまざまな光景を読み聞かせするように紹介できたらいいなということ。普段書いている文章の延長線のような取り組み方しかできないと思ったので、紙芝居のようなものなら作れるかなと思って取り組みました。

ーー今回の6都市はどのように決められたのですか?

松浦:自分のよく知る場所、そして自分の行きたかった場所です。旅は初めて行く場所に楽しさがある。スリランカのシギリアは初めて行くからどこに何があるかわからないけど、そんな中でも出会いがあるといいなと思って選びました。人の暮らしがあるところが好きなので、どこも小さな街です。

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ーーそれぞれの場所でクローズアップされる人たちが印象的ですね。

松浦:ただ歩いて気になったものを撮ったり、お話を聞いたり。事前にちゃんと台本があるようなものではなく、すべてその場、そのときに出くわすようなものの方が僕はいいなと思ったので、何かを探すより、何も起きない、何もないことの良さを伝えたい。目的がない方が時間として豊かだと思うんです。

ーーすごくフラットな目線で、淡々と街の様子が映し出されている感じを受けました。

松浦:そうですね。できるだけ感情的にならないようにしたいというのがありました。感情的になると、その人の世界になってしまう。多くの人と共有し、分かち合いたいという思いがあるから、あまり感情的に物事を追いかけたり、探したりしないようにしていましたね。

基本的に僕の表現は状況描写が多いんです。日本文学より海外文学に出会った方が先だったからでしょうか。日本の文学は主観なんですけど、海外はディティールを描くことが多いじゃないですか。”私が”というより今どうあるかということの方が、僕にとっては価値がある。だからフラットに見えるんじゃないかなと思います。

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ーー最初の企画は本にまつわるドキュメンタリーだったのだとか?

松浦:いろいろなご提案をいただきましたが、自分がやったことがないことなので、チャレンジする価値があると思いました。自分を客観的に見たとき、松浦弥太郎というと例えば本屋をイメージすると思います。でも期待されているものに対して、普通のことをやってもそこに価値は生まれない気がするんです。結果的に「松浦さんらしいね」ってなるだろうけど、表面的にそういうものはやりたくない。だから自分がカテゴライズされないように、自分しかできないことをやっていきたいと思います。僕はいつもルーキーでいたいと思っているから、知らない世界で仕事をするし、新しいことも勉強する。坂道を上っているのが好きで、自分を完成させようとは思っていないんです。自分の殻をいつも破っていける自分でいたいなと思います。

ーーお話を伺うまで、映画と本や雑誌は違うから、制作で大変な部分もあったのかなと思っていましたが、考え方としては同じだったのでしょうか?

松浦:そうですね。僕1人で全部やるんだったら、もっと映画っぽいものもあったかもしれないですけど、大勢のスタッフが関わっているし、どちらかというと編集者としての意識。だから形としては松浦弥太郎監督となっていますが、雑誌や書籍なら奥付にあればいいくらいの話で。それよりも誰が何を表現したかが重要だったりする。本質は編集長みたいな感じだと思います。

ーーでは監督のお話が来たときは、戸惑いなく受け入れられたのですか?

松浦:最初は自分がやるべきことじゃないと思って固辞していましたが、僕ができることはこういうことだし、僕が作るならこういうものというのを説明して、それを尊重して受け入れてもらえたので取り組めました。映画って大がかりなので、こうしたいというのが事前に決まっているはずなのですが、0から取り組ませてもらえたからできたことだと思います。

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ーー旅について伺います。映画の撮影はすべて早朝と深夜だったということですが、松浦さんご自身の旅のスタイルも、街に出るのは昼間ではなく早朝と深夜だとお聞きしました。それはなぜでしょうか?

松浦:まだ街が目覚めていない早朝と深夜は、静かで美しいなと感じます。もちろん歩いている人や働いている人もいるけど、リアリティがあるんですよね。朝の陽が昇る頃の空気や光ってきれいだし、夜は闇がきれいじゃないですか。僕は自分の旅ではいつも、いろいろな街の暗い世界が見たいし、陽が昇る瞬間が見たい。その土地の暮らしに触れたいんですよね。僕が特に記録したかったのは、みんなが知らない時間帯にある何か。それをこの映画で分かちあえるといいなと思いました。

ーーナレーションに「自分を取り戻すために旅をする」という表現がありましたが、旅先で考えたり発見することが多いですか?

松浦:多いですね。旅に出る理由は1人になりたいから、1人の時間を作りたいから。自分の内面に向き合って、自分自身のことを知るため、自分らしさを取り戻すというのが大きいですよね。人それぞれ旅する理由があると思うけど、僕にとっては娯楽より哲学的なんです。いろいろな環境、いろいろな生き方があって、それを垣間見られるのはすごく学びになるんですよね。映画を観て「旅ってなんだろう」と、思い耽ってもらえたらうれしいですね。

取材・文 赤木真弓

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