週末は読書!作家・林真理子さんの推しの3冊。宮尾登美子さんの本は「鯖のような」旨み成分たっぷり

誰しも人生の傍に本の存在があるのではないでしょうか。

時に新しい扉を開き、背中を押し、心を癒してくれることも。素敵に年齢を重ねる林真理子さんに〝かけがえのない本〟を聞いてみました。

作家として目指す方向を見せてくれた。

山梨で書店を営むご両親の下に生まれ、小学生時代の放課後は、店番をしながら本の世界に没入していた林真理子さん。

その後はさまざまなジャンルの本を手に取り、大学生時代には読むには知力と体力がいると言われる海外の純文学も嗜みました。女性作家では有吉佐和子さんや瀬戸内寂聴さんの本を好みましたが、20代後半で宮尾登美子さんの『櫂』に出合い、目指すべき道が見えたといいます。

「宮尾さんご自身の生家をモデルにしたいわゆる女の半生記なんですが、もうのめり込んでしまって......。この頃の私は、世間からはエッセイストという認識だったと思いますが『こんなにも女の一代記が好きなら、いずれ自分でも書いてみたい。いや、書くべきだ』と、自分が進む道が目の前に見えた感じがしました」

20代後半の頃に読んだ『櫂』 宮尾登美子 著

戦前の高知の色街を舞台に、渡世人の男に嫁いだ1人の女性の半生を描いた、作者の生家をモデルにした自伝的長編。太宰治賞を受賞した名作。新潮文庫

林さんが『櫂』と出合ったのは1980年代。その頃の宮尾さんは『鬼龍院花子の生涯』(1980年)、『序の舞』(1982年)などのヒット作を連発しており、林さんいわく「宮尾さんの本は熱狂的に売れていた」と記憶しています。

「宮尾さんの本は、食べても食べてもまた食べたくなる、日本人が好きな〝鯖〟のよう。旨み成分イノシン酸ようなものが、文章の中に練り込まれている気がするんです。昔は駅前に必ず大なり小なりの本屋さんがあり、電車に乗る前に手持ちの本がないと、飛び込んで1冊買いました。小さな本屋さんで品揃えが少なくても、宮尾さんの本は必ず置いてある。だから私も一度読んだ本でも買ってしまい、ストーリーも結末さえも知っているのに、何回も読んでいました。これってまさに旨み成分の仕業。同じ快感をまた味わいたくて読むんだろうなと」

その後、宮尾さんとも親交を持った林さんは、その亡き後に丹念な周辺取材ののち『綴る女 評伝・宮尾登美子』を書き上げるまでに至りました。

品性のある簡潔な文体とはこうと知った。

そして作家としての人生を歩み始めたとき、大きなヒントを与えてくれるひとつの出合いがありました。

「実は私、長年ハルキストではなかったんです。大ブームの村上春樹さんでしたが、初期の作品に出てくる独特な世界観や羊男といった登場人物が理解できず、私には合わない本だと思い込んでいました。でも『ノルウェイの森』はとても素直に、そして夢中になって読めました。

30代前半の頃に読んだ『ノルウェイの森』(上・下)   村上春樹 著

主人公ワタナベが、機内で流れたビートルズの曲で思い出した20歳の頃のできごと。当時、主人公を取り巻いた生と死。その限りない喪失感とは。講談社

そして改めて文章の美しさに気づいたんです。村上さんは英語の翻訳をされるせいか、非常に簡潔な文章を書かれる方。親しみがあるのに読者に阿ることなく、気品を保つ。しかも登場人物が知的でクール。性的には奔放なのに、そこに固執もしない。そんな魅力にぐいぐい引き込まれました」

先日、作家になりたくて小説を応募していた頃の作品を読み返したところ「明らかに村上さんの文体を意識していましたね」と笑う林さん。「村上さんの小説にはアメリカナイズという単純な言葉では表せない、アメリカの血を感じます。強いて言えば小説自体がクォーターの女性という感じかしら」

女心を緻密に分析して書く手法に脱帽。

林さんの作品といえば、女性の隠したい部分もリアルに描く恋愛小説が魅力。

「恋愛小説で大切なのは心理描写なんです。出会って、相手をこう思い、気持ちが変化してと、恋愛で変わっていく女心を綿密に描くのですが、細かく描写しすぎても、読み手にうるさがられてしまう。ある程度余白をつくり、想像を掻き立てる部分を残す匙加減がむずかしいんです」

そんな林さんが50代で読み、心底驚いた恋愛小説がフランスの女性作家アニー・エルノーの『シンプルな情熱』

50歳の頃に読んだ『シンプルな情熱』アニー・エルノー 著 堀茂樹 訳

離婚後、独身でパリに暮らす女性教師が、妻子ある若い外交官と不倫関係に。女性作家が自身の激しく単純な肉体関係を赤裸々に綴る衝撃作。早川書房

「彼女の自伝的小説でもあるのですが、それこそ心の内側を顕微鏡で見て、感情をピンセットで摘んでシャーレに置く。そのような書き方をしているんです」林さんはアニーさんと対談する機会があり「ご本人はリセなどで教鞭を執っていた、ごく普通の知的な女性でした」

そんなエルノー作品と出会い、林さんも恋愛小説へのスタンスが変わったと。「恋愛って、自分で自分を追い込み、おバカさんになっていくところがありますよね。ふつうの人は恥ずかしいと目をつぶる部分を、エルノーさんはしっかり目を見開いて書いている。そこがすごいなと思います。とにかく一冊まるごと恋が始まって終わるまでを書いているんだけど、それでぐいぐい惹きつけて読ませてしまう文章力が、またすごいところ」

そんな読書好きの林さんですが、平日は大学での理事長職に追われ、なかなか読書の時間を確保できないのだとか。
「年齢を重ねると老眼、集中力の低下などで読書から遠ざかりがち。でも読書はクセだと思うんです。読書に適した光の下に本を読む場所をつくり、きちんとした姿勢で読む。ソファに寝転がって本を読むのは幸せな時間でしたが、今、それをやると1ページも進まないことも......。最近はちょっと早めに身支度を整え、出勤前のひとときを読書の時間に充てています。朝、本を読んでから出かけると、気持ちがいいですよ」

PROFILE

林真理子/はやし・まりこ

1954年山梨県生まれ。’86年第94回直木賞を受賞。お勧めの本を紹介するYouTubeチャンネル『マリコ書房』、アンアンの人気連載をまとめた『人生は苺ショート』(小社刊)も好評。

『クウネル』2024年11月号掲載 写真/加藤新作、 編集・文/今井恵、矢沢美香

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『クウネル』NO.129掲載

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