【作家・吉本由美さんの猫暮らし③】きっかけは殺処分予定の仔猫の記事、見過ごせませんでした。

吉本さん ねこ

最初は猫一匹と過ごしていた。クールな生活を思い描いていた、そんな老後計画をひっくり返したのは地方新聞でたまたま読んだ、あと数日で殺処分されてしまう仔猫たちの飼い主募集記事。作家・吉本由美さんによる猫たちと織りなす充実した日常をお送りいたします。

▼これまでの記事
1)【作家・吉本由美さんの猫暮らし①】愛猫たちと過ごす、忙しくも温かな充実した日々。
2)【作家・吉本由美さんの猫暮らし②】言葉は通じなくとも寄り添ってくれる、小さいけれど心強い味方たち。

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だいたい寝ているミケコ。
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生後半年ほどのむーたんとスミレ。
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雪の翌日、ベランダには猫の足跡。
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理想の暮らしは消えたけれど退屈な老後生活も遠のいた。

 それでもなお、当時は、あと10年ばかりをこの家で年寄り2人静かに過ごし、コミケが天寿を全うしたら家を売り、街中の狭くても便利なマンションに移って快適な老後生活を始めるつもりでいた。地方都市の住宅地は、人と会うにも買い物するにも車がないと不便で仕方がない。庭で広々するのがいいか、街中で楽々過ごすのがいいか、と訊かれたら後期高齢者一歩手前の私は即座に後者と答える。今も答えは変わらない。とにかくクールな生活をしたいのである。が、人生何が起きるかわからない。ある日の地方新聞の社会面が私の老後計画をひっくり返した。「私たちを助けて」と書かれた大きな文字が仔猫たちの写真とともに目に飛び込んできたのだ。動物愛護協会の悲鳴のようなメッセージだった。あと数日で殺処分予定の猫たちの飼い主募集記事。見過ごすことは不可能だった。連れ帰ってきたのがスミレとむーたんの兄妹だ。生後ひと月半ほどで駐車場脇に捨てられていたそうだ。私は今までにたくさんの猫を飼ってきたが、その全員が向こうから勝手にやって来た。自ら飼おうと決めたのは今回が初めてで、そう決めて準備をし、そこに連れてきた連中が家の中を騒ぎ回る最初の夜の光景は、幸福感に満ち溢れ、夢のようで、今も鮮明に覚えている。

吉本さん ねこ
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車庫に繋がる玄関もクモスケの縄張り。
吉本さん ねこ
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 しかしこれで老後は街中に一人で暮らすという計画がズレた。10年後、コミケは雲の上に行くとしても若い2匹はまだ存命で、彼らを連れてのマンション住まいは可能だろうか、可能としてもそれは思い描いた新しい生活とは言えないなあ……なんて首をかりかり掻いていたら、そのあと何とも一大事件が待ち受けていたのである。1年後の7月の私の誕生日の前日、家の周りのそこかしこから、微かではあるけれど、仔猫の鳴く声が聞こえて来るのだ。ワーッ、こういうの、ほんと、困る。ほんと、弱い。耳に栓をして鬼と化して数日過ごした。けれど、負けた。次々に日替わりランチのように小さな猫たちがテラスに現れ、ガラス戸の向こうから部屋の中を覗くのだもの、鬼も溶けてしまいますわよ。

 黄金色の母猫と5匹の仔猫がテラスの住人となるのに時間はかからなかった。全員に避妊・去勢手術を施し、ハウスを作り、風雨寒波風通し対策のビニールを張ったりはがしたりして、はや7年。人懐っこい女の子が知人にもらわれ、男の子2匹は独立して、現在テラスは母娘3匹の女子ワールドだ。この間も通いがいたり短期滞在者がいたりして、内外合わせ世話数10匹のときもあった。今は7匹に落ち着いているが、外猫がいる以上マンション暮らしは白紙である。後悔がないわけではないけれど、朝から多忙で寂しいとか退屈とか思う暇もないことは、うん、私の人生、超充実してるかも。

『ku:nel』2020年9月号掲載

写真・文 吉本由美 / 編集 友永文博


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