マチュア世代にこそおすすめしたい、名作漫画。柴門ふみさんに「きっかけ」を与えた漫画とは?

紫門ふみ先生

「ごく身近にあるエンターテイメント」として愛されている漫画。 超人気漫画家の柴門ふみさんは、どんな漫画に心動かされているのでしょう?


人生のターニングポイントで「きっかけ」を与えてくれた漫画

5歳の頃、3歳違いの姉と6歳違いの従姉妹にお下がりの漫画をもらって読んだのが、柴門ふみさんと漫画との付き合いの始まりでした。「近所に貸本屋もあり、そこで借りた漫画と、両親からは絵本を買ってもらい、どちらも楽しく読んでいました」

少女漫画から足を踏み入れた漫画の世界だったものの、次第に惹かれたのは少年漫画の活劇物。1959年に『少年サンデー』や『少年マガジン』が創刊されたこともあり、手塚治虫さんやちばてつやさんの漫画に夢中に。とくに好きだったのは、少年がかっこいい漫画。石ノ森章太郎さんの『サイボーグ009』の009が頂点でした。

「任務に呼び出された009が半裸でベッドに横たわっているシーンがあり、ハッとして。私にとってのヰタ・セク スアリスでした。あの頃は海外の映画が大きく影響を与えていたから、半裸でシーツを纏うシーンなどの影響だったんでしょうね。そうこうするうち、中学2年生になるとサイモン&ガーファンクルや吉田拓郎さんに夢中になり、漫画をあまり読まなくなりました」


おすすめ(1)
ファッション界を舞台に、女のリアルな感情を描く



デザイナー』 一条ゆかり
実の親を知らずに育ったトップモデルの亜美。母親を知ったショックで事故を起こし、モデルの道を閉ざされ、母親を見返そうとデザイナーへの道を歩みだすが……。660円(集英社文庫)

「恋愛感情のリアルさと、こんなにもプライドが高い亜美という女性を描いた一条先生はすごい! コマ割りが素晴らしく、セリフのないコマで読み手の想像力をかきたてます。心が美しい主人公のポエムの世界でなく、 どろどろした裏感情も描かれているからこそ、本や漫画を読み尽くした大人にリアルを感じさせる作品なのではないかと」

そんな柴門さんが再び漫画に惹かれたのは、高校2年生の終わりでした。一条ゆかりさんの『デザイナー』を読み、リアルな恋愛感情に衝撃を受けました。当時、私も辛い片思いに苦しんでいたので、思い切り感情移入もして。そして初めてこういう漫画を描いてみたいという気持ちが生まれたんです」

そこから柴門さんには、漫画が読むものであるのと同時に描くものになっていきました。大学では漫画研究会に所属し、人生が漫画へと進んだのです。 今回おすすめいただいた3冊は、どれも柴門さんに「きっかけ」を与えてくれた作品です。

「漫画を描きたいという気持ちにさせてくれた『デザイナー』。漫画は子供だけのものじゃない。大人の女性も描いていると、漫画の可能性を教えられた『火の鳥 黎明編』。そして漫画家として簡単な線で叙情を表現することを教えられた『青の時代』です。やはりレジェンドたちの古い作品を読むと改めてすごいなと感じます。とにかくおもしろいんです。中途半端な年齢で読むと“絵が古臭い”と思って読まなくなる。でももう一周してから読むと、その先生の作風だなと思って再びおもしろくなる。それがとにかくいいんです」


おすすめ(2)
淡々とした心象風景の中に、たった一本の線で叙情を表現



青の時代』 安西水丸
自身の少年時代の体験をもとに描き、漫画雑誌『ガロ』で発表した物語。安西氏が幼少期に育った海辺の街の風景や、少年の感傷が感性豊かに描かれている。 1,980円(クレヴィス)

「『ガロ』にどっぷり浸っていた私はこの本が大好き。ストーリー自体は淡々とした少年の心象風景ですが、全編に漂う叙情があるんです。安西さんは優れたイラストレーターでもあるんだけど、風の描き方とか、汽車と原っぱとかをとことん簡略化し、無駄な描き込みがないんです。全部好きだけど、とくに『魚の家』という章が好きです」

おすすめ(3)
今までの少年漫画が描かない、「子供を産む女」の存在を見た



火の鳥 黎明編』 手塚治虫
時空を超えて存在する“火の鳥”を狂言回しに、過去と未来を交互に描きながら 「生と死」「輪廻転生」を壮大なスケールで描く全14巻の超大作。1巻は黎明編。 968円(KADOKAWA)

「ストーリーはハラハラドキドキ。 戦闘シーンの描き方もすごくて、男の子はそこに惹きつけられたと思う。何より“卑弥呼が乳ガンで死ぬ” “ウヅメが化粧を落としたら美人だった” “女の武器は子を産むこと。たとえ自分が殺されても絶やすことはできな い”と言い放つ格好よさ。この3つの驚きが、私にとっては何よりの魅力なんです」
紫門ふみ先生のネタ帳
登場人物を考えるネタ帳も、特別に見せていただきました。新しい人物がどんな過去を背負って薔薇村に来たのか、読むのが楽しみ。
紫門ふみ先生
アシスタントは全員リモート作業中。「今は静かにひとりで描いていますが、そろそろアシスタントと一緒に作業したいですね」
紫門ふみ先生の資料棚
柴門さんの資料が並ぶ棚。「今はネットでなんでも調べられる便利な時代だけど、昔は資料や写真を集め、調べて描いていました」
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『クウネル』2023年1月号掲載

写真/柳原久子 取材・文/今井 恵

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