原田マハさんのエッセイ「奥深い京都、行くしかない京都」 何度も通ううちに見つけたお気に入りの場所とは?

京都に魅せられ、昨年、食とアートのセレクトショップを洛中にオープンした原田マハさん。 何度も通っているうちに見つかったという、お気に入りの場所を教えていただきました。

PROFILE

原田マハ/はらだまは

1962年東京都生まれ。伊藤忠商事、ニューヨーク近代美術館などの勤務を経てフリーのキュレーター、カルチャーライターとして独立。2006年『カフーを待ちわびて』で作家デビュー。2012年『楽園のカンヴァス』で第 回山本周五郎賞を受賞。その後もアートを題材にした小説を多数発表。近著に『リボルバー』、『原田マハ、アートの達人に会いにいく』など。昨年7月に食とアートのセレクトショップ『YOLOs』を京都にオープン。

深い京都、 行くしかない京都

それにしても京都というのは実に奥深い街だ。

私は京都に通ってかれこれ四十年になるが、いまだにこの街がよくわからない。もちろん、いい意味で。むしろいつまでもわからないほうがいいと思っている。それは憧れの人をちょっと離れたところから眺めている感覚によく似ている。近づけない、というのではない。いい気になって近づきすぎず、敬意をもってそっと見守る。私にとって京都とはそういう存在だった。

十年以上まえのことになるが、京都を舞台にした小説を書こうと決めた。憧れの人に一歩だけ近づきたいという気持ちだった。その結果、想像以上に深入りしてしまった。高嶺の花である京都は、よそ者がグイグイ行こうとすると涼しい顔をしてすっと離れていってしまう。けれど敬意を忘れず礼節を尽して接すれば、すっとドアを開けてくれる。おそらく本能的にそれをわかっていた私に対して、京都は、お入りやす、とドアを開けてくれた。私はこわごわと足を踏み入れた。結果、どっぷりとハマってしまった。

その奥深さゆえ、いまだに京都へ行けば新しい発見があり、よき出会いがあり、得難い気づきがある。何度も通っているうちに、ここに行くとなんだか落ち着く、あるいは気持ちが上がる、という場所がいくつかみつかった。

日本全国、どこへ行っても美術館がある。京都は特にすばらしい美術館が集まっている街だ。国立博物館、個人美術館、工芸美術館、マンガミュージアム。いつ行っても何か面白そうな企画を開催していて、飽きることがない。

中でも、岡崎エリアにある『京都国立近代美術館』は私が最も足繁く通う美術館だ。言うまでもなく、京都は近代日本画が発展した場所であり、工芸の分野でも多くの傑出した作家がこの地で開花した。近代日本の芸術の足跡、しかも京都に特化した芸術家たちの作品をまとめて見られるのが、なんと言っても最大の特徴である。モダンアートのコレクションも充実、さらには現代アートの意欲的な企画展も開催されていて、いつもワクワクさせられる。カフェは水路に面していて、春には見事な桜を堪能できる。同館は拙著『異邦人(いりびと)』の舞台としても登場している。

 

岡崎エリアは京都屈指の文化芸術エリアなのだが、最近、この地域にある能楽堂、観世會館を時々訪問している。私が京都でお世話になっているSさんご夫妻が能楽の仕舞を学んでおられる関係で、能楽鑑賞をする機会が増えたのだ。そもそも私は古典芸能にさほど明るい方ではなかったのだが、京都に通ううちに大いに興味を覚えた。室町時代、能楽が生まれて発展した地・京都にせっかくいるのだから、もっと親しんでみようとドアをノックしたところ、またもやすっと開いた。入ってみると想像以上に面白く、かなり前のめりで観るようになった。日常からはるかにかけ離れた幽玄の別世界。束の間すべてを忘れて、鑑賞中は完全にワープする。終わって会場から出てきてもまだ夢心地が続く。本当に奥深い。

京都で長らく続いている老舗で、「京都ならでは」なものを買うのも楽しみのひとつだ。古美術や呉服や雛人形、和紙、香木、茶碗、箒やたわしに至るまで、「これが欲しかったんだ」としみじみ手にして嬉しいものをコツコツと集め続けてきた。お気に入りの老舗は錦市場の「有次」。一五六〇年に刀鍛冶として創業、今では鍛金の技を活かして刃物、鋏、鍋などの料理道具を製造販売している。ここの包丁を初めて使った時、自分の料理の腕前が二割くらい上がった気がした。とにかく気持ちいいほどよく切れる。包丁ばかりではなく鋏もすばらしく、中でも糸切り鋏は握り具合、切れ味、かたちのチャーミングさの三拍子が揃っている。机の上にこの鋏がちょこんとあれば、眺めるだけで幸せな気分になる。

奥深い京都に触れるうちに、さらにもう一歩踏み込んで、自ら「未来の老舗」を作ってみたくなった。京都には「ちょっとあの店に立ち寄ろうか」とついつい足が向く老舗がたくさんある。いつの日か京都の人にも「いりびと」にも愛される老舗に成長する

そんな店を作りたいと、ある時妄想し始めて、縁あって実現してしまった。その名を「YOLOs(よろず)」という。

おいしいものが大好きな食いしん坊のメンバーが集まって、洛中のど真ん中、祇園祭の橋弁慶山を擁する町内に、京都と日本各地のうまいもんを集めたエピスリ(食料品店)をオープンした。小さな店だが、厳選された「心底うまいもん」のみを取り扱っている。ワイン、ビール、マスタード、チョコレート、チーズ、へしこ(鯖の糠漬け)などなど。もちろん全部試食して「これはっ!」と膝を打ったものばかり。とっておきはYOLOs自家製カヌレ。これがもう絶品で、外はカリッと中はしっとり、絶妙な甘さ。「洛中カヌレ」と私が名づけた。このおいしさを誌面で伝え切れないのがなんとも悔しい。

とどのつまり行くしかない。それでまた向かっている。やっぱり京都は奥深い。

京都国立近代美術館

住:京都市左京区岡崎 円勝寺町26-1
営:10:00~18:00 企画展開催時の金曜は〜20:00(入館は閉館の30分前まで)
休:月曜日
料:一般430円ほか(企画展は別途必要)
WEB:https://www.momak.go.jp/

YOLOs(よろず)

住:京都市中京区蛸薬師通烏丸西 入ル橋弁慶町228 101号
営:11:00~19:00
休:月曜日、不定休
WEB:https://yolos.jp/

『クウネル』11月号掲載 文/文 原田マハ、イラスト/川合翔子

SHARE

『クウネル』No.123掲載

私のとっておきの京都

  • 発売日 : 2023年9月20日
  • 価格 : 980円 (税込)

IDメンバー募集中

登録していただくと、登録者のみに届くメールマガジン、メンバーだけが応募できるプレゼントなどスペシャルな特典があります。
奮ってご登録ください。

IDメンバー登録 (無料)