「趣味は編み物です」一進一退繰り返す、まるで人生みたい!【中川正子さんフォトエッセイVol.5】
50歳は人生の折り返し地点というけれど、旅の途中のようなもの。まだまだ成長できるし、もっと人生を楽しみたい。でも、実際は暮らしも体も気持ちもいろいろと変化するわけで——。そんな50代のリアルな視点で、暮らし、美容と健康、装い、人との関わり、仕事、学び、旅……とさまざまなテーマで、今思うこと、日々のちいさな発見や挑戦を、写真家・中川正子さんが写真と文で綴ります。今回は、コロナ禍をきっかけに始めた編み物のお話。
コロナ禍、毛糸に手を出した
じぶんには趣味がないな、と思っていたことがある。ずいぶん昔だ。映画やライブ、展覧会、読書。好きなことはいろいろあっても、どれも仕事にダイレクトにつながってしまっている気がして。「純粋な趣味は何ですか」と改めて聞かれると困っていた。
ところが今は違う。「役に立つかわからないけど、ただ好きなもの」が趣味の定義だとしたら、いくつもある。散歩に山登り、ダンス、サイクリング。ほかに、編み物。コロナ禍でもてあました時間で小学生ぶりに始めた。仕事が減り、達成感が欲しかったあの時期、一気にハマった。
いつでも編み始められるよう、リビングの隅に鎮座させている
瞑想は続かなかったけれど
とはいえ、今は毎日編んでいるわけではない。しばらく放っておくこともある。でも、ふと編みたくなると猛烈に編み始める。気まぐれな付き合いだけれど、いつも、そばにある。
わたしの頭の中は普段から猛烈に忙しい。でも編み物をしているときは静かになる。それは、目数を数える必要があるから。数えていると、ほかの思考が入り込む余地がなくなる。まるで瞑想だ。
ひたすら編む。同じ動作を繰り返すうちに軽いトランス状態になる。そして気づけば編み地がむくむくと育っている。瞑想には挫折したけれど、編み物ならできる。さらに、身につけることもできるなんて、ものすごく得した気分!
何かをしながら指先を動かしているのもいい。
夜のうちに育った首元
先日、Netflixでドラマ『ダウンタイム』全8話を一気見するという暴挙に出た。ただ見ているだけでは時間がもったいない。編みかけのセーターの首元を編むことにした。ドラマの激しいシーンでは画面から目を背け、ひたすら編み針を動かす。気づけばほとんど朝!! げっそりしながら全話鑑賞マラソンを完走したころには、セーターのタートルネックも立派に育っていた。
睡眠時間は失ったが、首元は手に入れた、ということでよいでしょうか。
人生の一部を返してください
編み物はシンプルで不思議な行為だ。一本の糸を二本の棒でくねくね絡ませ、一目、また一目。実に地味なのに、繰り返すうちに面になり、やがて服になる。最初に考えた人類の才能、すごい。
一目一目は小さくても、積み重なれば大きなものになる。
なんだか……人生みたいだ。
そう、編み物にも人生と同じく、せっかく進んだ道を戻らねばならないときもあるのだ。けっこう、しばしば。
夢中になってずいぶん編み進めてから、はるか手前の致命的な間違いを発見する。あるいはサイズが違うと気づく。なんだこれ……! このまま無視して進めてしまおうか。いや、これ、着たらすごい気になるな。ほどいてやり直そう。悔しい。あの時間を、わたしの人生の一部を返して……!!
移動中などに楽しむ「モバ編み」。これはニットスカーフになる予定
毛糸とおしゃべりと、シスターフッド
実はわたし、ニッティングクラブを主宰している。メンバーには達人、編み物猛者がいっぱい。みんなと月に1度集まって、それぞれ編みたいものを編む。編み針の動きもおしゃべりも止まらない。にぎやかでゆかいな会。編み物の話から、子育て、介護の話。結論の出ない話もちょっとしたボヤキも、手を動かしながらみんなで共有すると、不思議と軽やかになる。
失敗に気づき肩を落とすわたしに、クラブの先輩たちは「ほどいちゃったほうがいいよ」と軽やかに告げる。彼女たちは完成したセーターを丸ごとほどくこともよくあるらしい。数ヶ月かけて編んだものとかを……正気だろうか。
ニッティングクラブでみんなに「あと少しだ!」と励ましてもらう筆者
でも、ある日わたしも思い切ってほどいてみた。熟練の彼女たちに見守られながら。するするする、と膨大な時間を費やした編み地がただの毛糸に戻っていく。もったいないったらない。積み上げるのにはとんでもない時間がかかったのに、ほどくのは、一瞬。あまりに、はかない。さよなら。
でも、だんだん気持ちよくなってきた。
あれ、なんだこの爽快感は。
勢いよく全部をほどく。そこには、ちりちりと縮れた中華麺みたいな糸だけが残った。大きな編み地であったことが幻だったみたいに。なんともすがすがしい。途中の間違いに気づきながら、見えないふりをしていた心のもやもやまで、ほどけた気がする。
クラブのメンバーも「そんなことはよくあることだよ」と笑ってくれる。また編めばいいよ、と。なんて頼もしい仲間たち。シスターフッド、と思う。
今日もまた、一目一目。
間違えたら思い切ってほどいて、何度でもまた編めばいい。
人生も、案外そんなものかもしれない。
とか思っちゃったりして!
PROFILE
中川正子/なかがわ・まさこ
写真家
神奈川・横浜生まれ、千葉・船橋育ち。2011年に東京から岡山へ拠点を移す。自然な表情をとらえたポートレートや美しいランドスケープなどを得意とし、雑誌、広告、書籍など多ジャンルで活躍。写真集も多数出版。執筆も手がけ、エッセイ『みずのした』(くも3)を2024年に発表。Intagram:@masakonakagawa
写真・文/中川正子