映画監督・西川美和さんに訊く敬愛する映画監督と心に残る名画たち【後編】
登場人物の苦悩や葛藤、人の心の内側をリアルに描写した『ゆれる』『すばらしき世界』などの作品で知られる映画監督・西川美和さんが、敬愛する映画監督と心に残る映画を紹介してくれました。
PROFILE
西川美和 /にしかわみわ
広島県出身。映画監督、脚本家、小説家。早稲田大学卒業後、是枝裕和監督の助監督などを務める。26歳の時に自作の脚本を元にした映画『蛇イチゴ』で監督デビューし数々の新人賞を受賞。代表作に『ゆれる』『永い言い訳』『すばらしき世界』など。
「救いのない設定でも人間愛が感じられるルメット監督の作品が永久に好きです」
西川さんが、最初に観た時から今に至るまで永久に好き!と言うのが、ニューヨークを舞台にした社会派作品で知られるシドニー・ルメット監督。
「助監督時代、先輩と映画の話をしていたら『西川はきっとルメットが好きなんじゃないかな?』と言われて『評決』、『旅立ちの時』など渋い作品も色々と観たのですが、とにかく外れがないんです。どの作品もシナリオが面白く、社会的なテーマを扱っているけどちゃんと人間ドラマとして楽しめる。登場人物は欠陥や悩みを抱え、取り巻く環境も厳しいけれど、最後の最後でヒューマニズムを諦めないルメット監督の人間愛が胸を打つんです」
一番好きな作品だという『狼たちの午後』に主演しているアル・パチーノの撮影現場に、偶然にも遭遇したというエピソードも!
「大学生の時、ニューヨークを旅していたらリトルイタリーの通りが封鎖されてトレーラーがたくさん停まっていたんです。すごい人だかりもできていたのですが、映画『フェイク』のロケで、アル・パチーノとジョニー・デップが撮影していました。ガードマンがもうやめてあげてって言うまで、彼らはギャラリーに延々サインするんです。そういえばあの時もらったジョニー・デップのサイン、どこに行っちゃったんでしょう」
最近の映画と日本映画のこれからについて
「影響を受けたとなると昔の監督ばかりになってしまいましたが、今の作り手たちは、先人たちの影響を受けてさらに新たな作品を作っているわけですから面白くないわけがない。撮影や演出技術も高まっていますし、同年代や同時代に撮り続けている監督から影響を受けることも多いです」
今年観た作品で印象的だったのは、42歳と若いフラン・クランツ監督の『対峙』。犯罪被害者と加害者が小さな一室で対峙する会話劇。
「アメリカの映画のエンドロールってものすごく長いじゃないですか。でもこの作品は本当に短くて驚きました。どれだけ小規模で撮影したかというのがわかります。『予算がないからいい作品が作れない』というのは言い訳に過ぎないと思わされました」
鑑賞数を誇るような見方をしていた若い頃を経て、最近は自分がいいと感じた作品をきちんと咀嚼することに時間を使いたいと思うようになったそう。
「何回も繰り返し観たり、オーディオコメンタリーを聞いてみたりして、一つの作品を丁寧に味わうようになりました。そうやって観ていくと、流し見していたシーンにも作り手の創意工夫が見て取れて、2倍感動してしまうんです。こんな瞬間を撮影できるなんて、こんな役者の表情を引き出せるなんて神業だな。そう感じると、その監督や作品を好きになることが多いです」
観る人を限定し、萎縮させるような映画は私にもよく理解できないから、私が勧める作品は、映画をあまり観ない人でも全部面白いと思いますよ、と笑う西川監督。
「今年は甥っ子と『インディ・ジョーンズ』の新作も観にいきました。映画って、あの新作がついに!みたいなイベント的な要素も含めてのカルチャーだと思っています」
フラン・クランツ監督 『対峙』
銃乱射事件の被害者家族と加害者家族が一つのテーブルで対峙する。俳優フラン・クランツが脚本、監督を手がけたデビュー作。「予算をかけずに秀作が作れることを証明する作品」
© 2020 7 ECCLES STREET LLC U-NEXTで配信中
マリア・シュラーダー監督 『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』
ニューヨーク・タイムズの女性記者がワインスタイン事件を暴いていく、実話に基づいた物語。「世界中の注目を集めた事件が明るみに出るまでの過程が、丁寧に描かれています」
© 2022 Universal Studios. All Rights U-NEXTで配信中
今は地元広島と東京の二拠点生活を送りながら次回作に向けて準備中。その傍らフランスや韓国のような映像文化の支援制度を実現するために発足した「日本版CNC設立を求める会」の活動にも参加しています。
「色々勉強してみると、海外に比べて日本の映画産業は内向きで、国も業界も次の世代への投資をしてこなかったんだなということがわかり愕然としました。20年以上、作品作りだけに打ち込んできましたが、ぼんやり変だと感じてきた映画業界の常識について、やっと見直すようになりました」
国際的にも日本映画の評価は高いのに、人材育成したり就労環境を守るシステムがなく、現場も劇場も個人の努力に委ねられている現状に、危機感を感じていると言います。
「これから育つ世代に、『日本の映画も悪くない』と思ってもらうためにも自分の視野を広げるためにも、活動を続けていきたいです」
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『クウネル』No.124掲載
あの人が、薦めてくれた映画
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