【映画と本で、人生観を整えるvol.3】どっぷり浸れる世界観。いまこそ読みたい「SNSとは対照的な、深いアプローチ」の本。

パリ妄想食堂 長坂道子 ミラノの太陽、シチリアの月 内田洋子

世の中が大きく変わりそうなときこそ、自分を見つめる絶好の機会。そんな時、本や映画を嗜むのはいかがでしょうか。心に響く映像や言葉を手がかりに 今の自分を知り、これからを生きる準備をしたいものです。今回は、美容ジャーナリストの渡辺佳子さんと、書家の華雪さんの愛読書をご紹介します。はっとさせられる鋭い観点や、つらい経験を経て得た感情に触れて、筆者の魂を感じてみませんか。

渡辺佳子さん2選■

1.『パリ妄想食堂』
長坂道子 (写真右)

女性誌編集者を経てパリに移住。現在はスイス在住の著者による、フランスの食を巡る 書き下ろし。「フレンチシネマのような軽妙な会話に乗っ て、情景が次々と目の前に浮かぶよう」。カルチャー本としても面白い。角川文庫

2.『ミラノの太陽、 シチリアの月』
内田洋子 (写真左)

イタリアで長くジャーナリストを務める著者が描く、現地の人々の陰影に満ちた日々。読後は長編映画のような余韻に浸れます。渡辺さんが好きな「六階の足音」は、同じ建物に住む住 民たちの物語。結末がほろ苦い。 小学館文庫

パリ妄想食堂 長坂道子 ミラノの太陽、シチリアの月 内田洋子

ビビッドな文章の魅力に 漂泊の思いやまず。

手に取る本の多くはノンフィクション。この2冊も異国の街で人々が紡ぐ 日常を、著者が切り取ったエッセイ集。 当分は海外旅行もままならない中、でも好奇心の目は外に見開いておきたい、そんな心にフィットする作品です。

特に惹かれるのは、1行目から読み手を その世界に引き込む文章の力と、細部に及ぶ観察者としての鋭い視線。自分がどっぷり浸っているSNSとは対照的な、深いアプローチが憧憬の的です。 また全編にちりばめられた生活者たる知識やエピソードは、その国の文化までよく見えて、あらためて旅心が刺激されます。

実は著者の2人は昔を知る友人。「友がみな われよりえらく 見ゆる日よ」と石川啄木の心持ちで、時々、本を読み返します。それは私にとって、旧友たちの活躍に遠くからエールを送る幸せな時間でもあるのです。



華雪さん2選■

『希望』
林京子(写真右)

幼少期は上海で育ち、長崎で被爆した著者が、東日本大震災後に自著を再編した短篇集。「切実の一方、不思議なユーモアと毒舌の混ざった文体に のめりこみました」。自らの生を重ねて描いた、未来への希望。講談社文芸文庫

『すべての、 白いものたちの』
ハン・ガン(写真左)

著者はアジア唯一の国際ブッカー賞作家。“白”から派生する生と死をめぐるさまざまな 記憶・想いを、詩のような寓話のような、美しい散文で綴る。「光州事件を題材にした 『少年が来る』も、ぜひお勧めします」。河出書房新社

林京子 希望 ハン・ガン すべての、白いものたちの

自分や周りが揺れるとき
本を読み返し、確認します。

著者2人とも、原爆や姉の死といった強烈な実体験が作品に色濃く、それ
でいて淡々と織り込まれています。フィクションとノンフィクションの境が 曖昧で時間軸が定まらない、そんな感覚が好き。人は嫌な記憶を忘れようともできるのに、徹底して咀嚼して何度もアウトプットする。そこに作家としての凄みを感じます。

私自身、身近に遭遇した阪神大震災と3・11 では、ただ呆然とした印象だけ残り、何一つ具体的なことが思い出せない。それがずっと悔しくて。社会が揺れているいま、「今度こそ眼前の出来事をしっかり覚えておかなくては」と、この本を開きました。

みんな不安でそわそわしているとき、大急ぎで何か発信するのも必要。でも私はそのスピードより、 人のように、時間をかけて向き合い作品に残したい、そう思うのです。

●カルチャーに関する記事、他にもいろいろ。
◎今週末に読みたい本。作家・川内有緒さんがパリの国連で働いた日々を描いた1冊【#わたしジャーナル】
◎今週末に読みたい本。猫沢エミさんによる「#猫沢飯」が一冊のレシピ本に【#わたしジャーナル】
◎世界的現代美術家森村泰昌が、新作展覧会で明治期の天才画家とセッション。同時開催の印象派展も豪華なラインナップ 〜2022年1月10日

『ku:nel』2020年9月号掲載

写真 加瀬健太郎/編集 友永文博

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