世の中が大きく変わりそうなときこそ、自分を見つめる絶好の機会。そんな時、本や映画を嗜むのはいかがでしょうか。心に響く映像や言葉を手がかりに 今の自分を知り、これからを生きる準備をしたいものです。今回は、文芸ライターの温水ゆかりさんと美術家のミヤケマイさんお二方の、おすすめ愛読書を教えていただきました。自分の内面までじんわり浸透するような、心に届く名書揃いです。
映画と本で、人生観を整える
『リスボンへの夜行列車』
パスカル・メルシエ
主人公は、平穏という名の刺激なき安定した毎日を捨て、 衝動のままにリスボンへ旅立つ57歳の古典文献学の教師。 一冊の書物から火が付いた探究心は、自身を紐解く旅路へと繋がっていく。世界400万部超えの哲学小説。早川書房
『Novel 11, Book 18』
ダーグ・ソールスター(村上春樹訳)
ノルウェイの地方都市で収入役を務めるビョーン・ハンセンは、別れた妻との間の一人息子と十数年ぶりに同居生活を送る。その前後に及ぶ彼の半生記が淡々と克明に綴られる。最後に実行された秘密の企みとは。中央公論新社
愛、それともニヒリズム? 五十路の男たちの物語。
リスボンの広場で現地の人が話しかけてくる。「これ、銃弾の痕だよ」。イベリア半島が軍政から民政へと変わろうとしていた時期。そんな国情など知らず呑気な鉄路旅をしていた私たちは、隣国ではフランコ将軍お出ましの日の〝3密〟にも巻き込まれていた (財布をスられた)。 ポルトガル愛が高じてタブッキの『レクイエム』や、ポルトガルの詩人ペソアの『不穏の書、 断章』を読むのはずっと後のこと。
そしてスイスの老教師がリスボンをさまよう恋愛哲学小説『リスボンへの夜行列車』で、冒頭の男性が誇らしげだっ た背景にも思い至る。ああ、民主化運動の闘士だったんだ。2冊とも五十路の男の〝無謀な飛翔〟を描いたもの。 驚き呆れ、また読まされる。『Novel 11, Book 18 』の自己破壊力!「私」を懐疑する究極のニヒリズムだ。
〈PROFILE〉
温水ゆかりさん
1954年生まれ・文芸ライター
ぬくみずゆかり/新聞・ 雑誌・Webで書評や作家インタビューのほか、 紀行記事などを執筆。春に行った都内での自宅の引越しに伴う膨大な蔵書 の整理がまだ完了せず、慌ただしい毎日。
『山伏と僕』
坂本大三郎
イラストレーターの著者が、 30歳のときに偶然山伏修行を体験。深い山の中に入り、滝に打たれ、ホラ貝を吹く……。 自分の体を通して自然に向き 合い、ありのままの自分を生きる山伏の姿から、生き方を見つめ直す書。リトルモア
『いのちを呼びさますもの』
稲葉俊郎
著者は「いのち」の本質について問い続けてきた心臓内科医。外の世界に向けて自分をコントロールすることに明け暮れる現代人に対し、自身の内側と繋がることの大切さ、 生きていく上での芸術の重要性を説く。アノニマ・スタジオ
自分を知り、自分を 生きることの大切さを知る。
世の中が変動期になると、人は普遍の真理とかにすがりたくなるものだ。 知性や教養は感覚や感性、身体やイメージと密接に繋がることで、やっと人は理解したり見えたり、腑に落ちることを、筆者たちが体験を通して理解しているから説得力がある。
二人とも作家で、山伏兼画家と心臓内科医兼アートキュレーター。盛りだくさんの経歴で、難しいことをわかりやすく普通に捉える二人のバランス感覚、センスの良さは健全で気持ちがいい。私が世界を認知しようとするのは自分を認知したいからだ。そのくせ世界と自分との境界については、本当のところ私にはよくわかっていない。人生や世界より最も不可思議なのは自分だと気づかされる。人間は無限で、そして限りあるから面白く、人生は傷が付くことによって〝真珠〟ができると知って安心する。
PROFILE
ミヤケマイさん
美術家・横浜生まれ。2001年より作家活動を開始。’18~ ’20年にSHISEIDO THE STOREウィンドウギャラリーのアートディレクターを担当したほか、京都芸術大学特任教授も務める。http://www.mai miyake.com/
●カルチャーに関する記事、他にもいろいろ。
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『ku:nel』2020年9月号掲載
写真 加瀬健太郎/編集 ミヤケマイ、友永文博