【猫沢エミさん・猫のようにしなやかに生きるヒント集②】いつでも自分を俯瞰で見る、もうひとりの私がいる

猫沢エミ 

ミュージシャンで文筆家・猫沢エミさんの著書『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』(TAC出版)が話題です。タイトルの”ねこしき”とは、猫沢さんのしきたりを短くしたもの。その名の通り、50歳を迎えた猫沢さんがありのままを綴った文章が、同世代の女性の共感を得ています。そんな猫沢さんの日々の暮らしへの向かい方と、自分のために作る料理のレシピをご紹介。シリーズの最後には、猫沢エミさんの特別インタビューも。

ぐうの音も出ないときこそ食べる

もうひとりの私は、度重なる苦境で得た人生最大の親友かもしれない。

若かりし頃、《私は100%、私の所有物である》という、ぞんざいで貧相な考えに縛られていた。体をどんなに酷使しても、心がどんなにすさんでも、肝心な踏ん張りどきには容易に目をそらした。そんなことを繰り返していると、体と心は嘘をつき始める。どうせ本当のことは聞いてもらえないのだとあきらめて、場当たり的なことを言い始めるのだ。

その頃の私は、体をいたわるための睡眠もとらず、食事も適当、身の回りや、家の整えにいたるまで、ありとあらゆることが雑の極みだった。その頃に作ってしまった床の傷や壁の汚れを見るたび、なにもかもがひどく不憫だ。俯瞰の私は、ナルシシズムや承認欲求とは対極にある、ものすごく冷静な自己の捉え方だ。自分を卑下したり、過剰に評価したりもしない。

まるで、凪の水面のようにすべてを映し出す、超純水でできた鏡だ。対峙すれば、丸裸になる。弱点も美点も狂いなく、そのときの自分が突き出される。歪んだ自己愛など入り込む 余地もなく、そのつど足りない自分を眺めては笑ってしまう。

猫沢エミ 

それでもやっぱり心身が追い込まれると、心はざわつき、所作は乱れるものだ。元来、生真面目で完璧主義なところがある私は、できない自分を必要以上に追い詰めてしまう。そんなとき、きゅっと心が縮こまり、視野がぐんと狭くなるのがわかる。

一秒も無駄にできない……と、焦る気持ちをぐっと抑え、あえて台所に立つのだ。頭をからっぽにしてキャベツをざくざく切り分け、鍋にぎゅっと押し込む。寝不足の半目状態でスープを仕込んでいるとき、料理好きだった作家・檀一雄の 料理エッセイ『檀流クッキング』の痛快なレシピを思い出す。

〝こんなものは適当にぶちこめばよいのである〞。

そうだ、そのとおりだ。いつも完璧じゃなくていいのだ。作る時間がなくてきちんと食べないと、体は参って、心もそれに引きずられる。心の狭くなった私と一緒にいる人からしてみれば、たまったものではない。他人へのそんな甘え方は、子どもっぽくてみっともないなと思う。 こんなときこそ、無理なく作れるものでいいからきちんと食べて、キリリと笑顔で立っていたい。

そして、こうした苦境のときこそ、いかに自分を無駄に追い詰めることなく、健やかに乗り切れるかに挑戦する絶好のチャンスだ。一日の時間割りを大まかに作り、仕事と家事と雑務に分けて、ひとつずつクリアしていくようにする。

この小さな達成感方式はなかなか効果的で、焦る気持ちを具体的に静めてくれる。そして、ちょっとした休憩時間は、完全に現状から切り離して楽しむことに集中する。美味しいお茶や、手製のお菓子があったらなお素敵。友達との食事、気分を切り替える ための時間を使うことに、罪悪感はもってのほかだ。それなくして 時間闘える人間なんて、この世のどこにもいないのだから。


キャベツぎゅうぎゅうスープ

材料(作りやすい分量)

キャベツ…中1/4個
玉ねぎ…1/4個
人参…1/4本
茅乃舎野菜だし…1袋半
塩…小さじ1/4
ローリエ…1枚
水…600cc
ソーセージ…3~4本
白胡椒…少々

作り方

1)玉ねぎは薄切り、人参は皮をむいて5mm幅の輪切り、キャベツは1/4をさらに半分に切る。小鍋にソーセージ以外の材料をすべてぎゅうぎゅうに入れて、中弱火で10分ほど煮る。
2)ソーセージを入れて5分ほど温めればでき上がり。白胡椒を振っていただきます。

※本記事は『ねこしき』(TAC出版刊)からの抜粋です

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撮影:鈴木陽介 構成:赤木真弓

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