20年にわたるアメリカでの生活に区切りをつけて帰国して約3年。 夫を見送って、熊本に暮らす詩人・伊藤比呂美さんに「これからの生き方」を聞きました。
詩人・伊藤比呂美さん
詩人として、長年第一線の活動を続けています。
けんかばかりで、仲がいいとは言えなかったイギリス人の夫を4年前に見送った伊藤さん。生きてきた文化も違うし、不満を感じることも多かったのに、その不在の後に感じたのは「シーンとした、火星にひとり取り残されたみたいな」気持ちでした。
もう夫の面倒をみる必要もない、好きなときに、好きなものを、好きなだけ食べてもいい。だけど、絶対的にひとり。 詩人として、長年第一線の活動を続けてきました。
再婚した、だいぶ年上の夫と3人の娘と約20年間アメリカで暮らし、熊本に住む父母の遠距離介護で頻繁に日米を往復する日々。その両親、そして夫が旅立ち、子供たちはそれぞれの結婚や子育てで忙しく暮らしています。パワフルに人生を生きてきた人にも、そんな茫漠とした孤独は訪れたのでした。
ちょうどその頃に早稲田大学から詩を教える仕事への誘いが。教育にもと もと関心があったこともあって、娘たちが暮らす国を離れました。
「詩を書く演習の授業をしていたのですが、学生の書く詩がとってもよくて。下手ではあるんだけれど、なにものも恐れず、のびのびとして。特に今はコロナで不安を抱いている学生も多く、 リモート授業でその悩みに応えたり。 何百匹ものヒナを育てている感じ」
アメリカから一緒に連れてきた愛犬、 去年から飼い始めた2匹の猫に「たっくさん」の植物に囲まれて、今は熊本で一人暮らしています。動物や植物はかけがえのない存在だと言います。
朝夕、犬を散歩に連れ出し、猫のトイレの掃除をし、植木の様子をくまなくチェックする。そうした暮らしのディテールが「これも生きることなんだなあ」と思わせてくれる。
「よく、どうしたら機嫌よく暮らせますか、なんて聞かれるの。私は笑うことが大事だと答えるんです。少しでもおかしいこと、面白いことがあったら、 大きな口を開けて笑う。ちょっとしたことにも反応して笑うって、いいことですよ」
喪失の痛みを抱えながら、新たな場所で新たな自分と向き合う……伊藤さ んの生きる力、前に向かって進む足取りに、やはりブレはないのでした。
『ku:nel』2021年5月号掲載
写真/© 吉原洋一、取材・文/船山直子