「ほんの1年くらい」と思って始めた山荘での暮らしがあっという間に丸3年。猫1匹との山の上での新生活は思わぬ発見と楽しさに満ちているようです。
イラストレーター・平野恵理子さん
都心から山荘に移り住んで3年。
両親が買い求め、自身も若いころから通っていた山梨県・八ヶ岳の山荘。横浜で育ち、ずっと都心で仕事をしてきた平野恵理子さんがここで暮らし始めたのは3年前。独身、飼い猫1匹の身軽さもありましたが、父に次いで見送った最愛の母が愛した山荘の四季を1年を通して経験し、折々の風景と生活を書いておきたいという気持ちがありました。
「1年ならなんとか暮らしていけるかと思いましたが、最初は生活を整えるので、あっという間に過ぎてしまって。2年めにやっと、母が丹精していた庭の手入れができるようになって。庭がなんとかできてきて、このまま放って帰るなんて、と思っているうちに3年が経ったんです」
冬は水道管が凍り付く厳しい寒さ。近所にコンビニもスーパ ーもないうえに、車の免許もない。友達もいないし、仕事をちゃんと続けていけるかどうかという不安もいろいろありました。
「よくおひとりで!なんて驚かれるんです。そりゃ大変なこともあるけれど、 でも庭をいじったり、家にこもって雑巾をちくちく縫ったりするのも、楽しいですよ。一人の生活を不安に思う方がいらっしゃるけれど、大丈夫、大丈 夫、一人もいいですよ、ってお伝えし たいです」
幸いにも同じ移住組や昔からの住民とのご縁もできて、ごはんに呼んだり 呼ばれたり。1年前にめでたく、車の免許も取得。車を運転する人生が来る なんて夢にも思わなかった、平野さんの山暮らしは思わぬ展開となりました。
「やはり緑が豊かなことに救われていると思います。ちょっといやな気分で も、家の周りの濃密な自然、肌が染ま りそうなくらいの緑にふれていると、 気持ちが落ち着くんです」
そんな山荘での一年の出来事を、軽妙洒脱な文章でつづった近著『五十八 歳、山の家で猫と暮らす』の帯に書かれている「よき孤独。」という言葉そのままに平野さんは日々の暮らしを心地よく重ねているようです。
「一人でいることを示す言葉が『孤独』 しかないって、イメージがあまりに貧困だと思います。一人でもひっそりご機嫌、ってことあると思うんですよね」
平野恵理子/ひらのえりこ
イラストレーター、エッセイスト。
1961年生まれ。『五十八歳、山の家で猫と暮らす』(亜紀書房)で、 新たに始まった生活を活写した。 ほか『あのころ、うちのテレ ビは白黒だった』(海竜社)がある。
『ku:nel』2020年11月号掲載
取材・文 船山直子/写真 黑田菜月