『あ・うん』など、数々の名作を世に送り出し、今もなお愛され続ける作家・向田邦子さん。作品の多くからは人間に対する彼女の鋭い洞察力が伺えると同時に、生前の明るくはつらつとした彼女の素顔を垣間見ることもできます。今回は、そんな向田邦子作品の魅力を、おすすめ作品とともに、作家・エッセイストの甘糟りり子さんにご紹介していただきました。
向田邦子
1929〜1981年。東京都出身。編集者、シナリオライターを経て作家活動へ。1980年に「花の名前」他で直木賞受賞。その翌年に飛行機事故のため死去。下記3冊のほか、『眠る盃』『夜中の薔薇』など作品多数。
10代のころから、向田邦子さんの本は読んで、それなりに楽しんでいたけれど、この年になってやっとわかるようになったことがたくさんあるんです、と甘糟りり子さんは言います。
確かに『あ・うん』のメインテーマの互いに口にはしない男女の心の機微や、『阿修羅のごとく』に描かれる4人姉妹それぞれの愛憎は、大人だからこそ理解できるところもありそう。
「Me Too 運動が盛んないまの時代の女性からしたら、『あ・うん』みたいに男が家の中でえばっているなんて腹も立ちますが。でも、言わぬが花、というのか、喜怒哀楽の4つの感情だけでは語れない、その間で動く気持ちこそが大事なんじゃないかな、と思わされるのです」
没後約40年を経ても、愛され続ける向田さんの世界。
「面倒くさいこともふくめて、波風が立つことこそ人間関係の醍醐味なのでは、と教えられる気持ちがします」。
『あ・うん』
「あの男は、生きては帰れんな」 仙吉がぽつんと言った。特高ににらまれて応召した人間は生きて帰れないという噂があった。 「さと子ちゃんは、今晩一晩が一生だよ」 門倉もこう言いたいのをこらえた。ー『あ・うん』より
『父の詫び状』
親のお辞儀を見るのは複雑なものである。面映ゆいというか、当惑するというか、おかしく、かなしく、そして少しばかり腹立たしい。自分が育て上げたものに頭を下げるということは、つまり人が老いるということは避けがたいことだと判っていても、子供としてはなんとも切ないものがあるのだ。ー『お辞儀』より
『阿修羅のごとく』
あまかすりりこ
1964年生まれ。鎌倉市に暮らし、近著『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)では、和洋東西を問わず、地元のおいしい店情報を紹介。
『ku:nel』2020年9月号掲載
取材・文 原 千香子、青木純子
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