背後にそびえる八ヶ岳の山懐に抱かれるように建つ平屋の家。 染織家の藤井繭子さんが家族と暮らす開放的な家には、 光と風があふれ、藤井さんの創作と暮らしを支えています。
自然の色に敏感でいたいから、 家電は置かないのです。
自宅の庭、近くの林や森、そこで 出合う樹皮、枝葉や実といったものを煮出し、色を抽出する。出来上がった染液で絹糸を染め、美しい布を織りあげる。藤井さんが長年取り組んでいるのはそんな草木染と織りの表現です。 背後に八ヶ岳、リビングの大きな窓からは南アルプスの峰々を望む家。
思わず深呼吸をしてみたくなるような開放的な景観のただ中。夫、一人娘と3 人で鎌倉から引っ越してきたのは、約9年前のこと。生活の場の母屋は新築、 織機や資料が並ぶ創作のための別棟のアトリエは、元あった家の構造をいかしリノベーションしました。
娘にありのままの自然を感じられる環境で育ってほしい。そして、草木染に欠かせない良質な水と自然の恵みを求めての移住だったのです。 広々としたリビング・ダイニングキッチン、それぞれの個室のある母屋。
床も天井も、キッチンの作業台もみな天然の木材を使用。アンティークの大きなダイニングテーブルや暖炉が印象的なインテリアが、周囲の環境とひとつながりのようなたたずまいです。 染織に向き合う日々だからなのでし ょうか。
「自然の色をちゃんと感じられるようにしていたいので、家も色を抑えて、あまり人工的な強いものがないようにしたかったのです」。
テレビは置かず、冷蔵庫も台所奥のパントリーに収納して、家電製品も最小限。小学生の娘が好きな、キャラクターグッズの強い色が入ってくることもあるけれど、家もこの自然に溶け込むものにしたかったと言います。
「ここに越してきて良かったのは、夜がしっかり暗くなること。家もその暗さになじむものであってほしい。だから照明も明るすぎるものは避けて、テーブルの上のライトなど柔らかい光のものを選びました。そして闇夜のあとだと、朝になって巡ってくる光と色をより強く感じます」
今度の作品にこれを使いたい、この色が欲しいというのではなく、草木が持っている色を無理なく引き出す。偶然ともいえるひらめきや出合いから生 み出された色で作品を織る。そうした作業を心から楽しんでいる様子の藤井さんの思いがこの住宅にも、豊かに表現されてます。
藤井繭子/ふじいまゆこ
1972年東京出身。日本を代表する染織家・志村ふくみさん、洋子さんに師事。草木染の着物が高い評価を受ける。
『ku:nel』2021年7月号掲載
写真/柳原久子、取材・文/船山直子