パリコレ参加から40年、80歳の誕生日を迎えたデザイナー・島田順子さんのヒストリーを紹介する連載。仕事でも、時にはプライベートでもサポートする3人のお仲間に、島田さんの魅力を伺いました。
島田今日子
「JUNKO SHIMADA」ディレクター。2000年「JUNK by JUNKO SHIMADA」、2012年「Lavalliere」を経て、2020年より現職。
中西千帆子
「JUNKO SHIMADA」PR 担当。traffic所属。「JUNKO SHIMADA」プレス業務を経て1992年フリーランスでPR活動開始。2007年より現職。
江藤扶美
「JUNKO SHIMADA」企画チーフ。1986年より「JUNKO SHIMADA」に加入。1990年にチーフパタンナーに。2010年より現職。
●Question1
順子さんと一緒に、 長く仕事を続けられる理由は?
江藤さん(以下、江) :私は1986年に「JUNKO SHIMADA」の日本の会社 にパタンナーとして加わりました。もともとパリに憧れがあって何かパリに関わりのある仕事がしたいと探していたら、順子さんの会社が募集をしていて。それはもう出会いとしか言えません。順子さんに初めて会ったのは入社して1ヶ月後くらいで、第一印象はすごくキラキラ輝いている人。それから35年になりますが、若い頃に順子さんのパリのアトリエにいたスタッフから技術を学ぶことができて、その日々は刺激的でした。何もできなかった自分を育ててもらったし、今も楽しく仕事ができているのが、続けている理由です。
中西さん(以下、中) : 私は1987年からですね。PR会社にいて、上司を 介して仕事をしていましたが、その後ブランクがあって、15年くらい前から今度は直接お仕事することになり、今に至ります。要所要所のスタッフが当時とほぼ変わっていなかったので、すんなりと迎え入れてもらえました。それがありがたくて、そのまま続いている形です。
今日子さん(以下、今) : 私は娘だから二人とは立場が違うけれど、母が仕事をするのをずっと見ていて思うのは、 とにかくスタッフや周囲の友達、クリエイターを巻き込んで、皆でコレクションを作っていこうという気持ちが強い人。フランスと日本のチームのそれぞれをリスペクトしてファミリーみたいにまとめ上げていきますね。
江 : 確かに順子さんを含めて、アトリエも会社もスタッフが皆ファミリーみ たいで、常にアットホームな雰囲気です。仕事も楽しみながらやるというか、その時間ごと楽しむ感覚を順子さんから学んだ気がします。
今 : 上下関係なんて全然ないんですよ。
江 : 日本人とフランス人という区別もない。順子さんは本当にフラットな人。
中 : そうですね。不思議なくらい。
江 : 順子さんの周りにも素敵な人が多いから、長く働けるんだと思います。
島田順子さんの日常風景
●Question2
順子さんとの個人的なエピソードを教えてください。
中 : 直接的なエピソードではないんですが、ブーロンマーロットの家に初め て行ったとき、庭で今日子ちゃんがなんと白馬に乗っていてびっくりしました。日本では考えられない、夢のようなシチュエーション。あのとき、今日子ちゃんはいくつくらい?
今 : たぶん14歳くらいだったと思う。馬術の選手としてフランスのチャンピオンシップに出ていた頃かな。
江 : 私には忘れられない大失敗エピソードが。東京コレクションのときに、フィナーレでチュールのドレスをたくさん出す予定だったんですが、開始5分前くらいに一着アイロンでチュールが溶けちゃって。真っ青になって「順子さん、どうしましょう!」って飛んでいったら、平気な顔で「じゃあこの子にこれを着せて」ってすぐに別の服 を用意してくれて。私には大失敗なんだけど、順子さんにとってはあまりそういう意識がなかったみたいで。
中 : どんなときも「なるようにしかならないじゃない?」という姿勢。あの 切り替えの早さには、私たち、本当に助けられていますよね。
江 : 自分の好きなものには正直で、すごく集中していくけれど、土壇場ではパッと他のところに転換していく。そういうところがある人。
今 : なんだかオペラとか演劇みたいなんですよね。アクターが舞台に乗って1回しかできないことを力を合わせてエンジョイして、アクシデントもなる ようにしかならないと、いっそ楽しむ。皆はその舞台に立っている人たちで、 彼女はコンダクターです。今一緒に仕 事していますが、やっぱり皆に力を発揮してもらうには、見えないところで一人で準備をしたり調整したりしているのかなと思うところもあって。私も勉強しているところです。
中 : 人をもてなすとか、誰かの喜ぶ顔が見たいというホスピタリティは親子共通。皆がファミリーのように一緒に 過ごせるのは、順子さんの気遣いの気質からで、それが今日子ちゃんにも引き継がれていると思います。
島田順子/しまだじゅんこ
千葉県館山生まれ。1966年渡仏。1981年「JUNKO SHIMADA DESIGN STUDIO」を設立。同年パリで「JUNKO SHIMADA」の、東京で「49AV.junko shimada」のコレクションショーを行う。以来2021-22AWでパリコレクション発表が80回目に。
https://www.instagram.com/junko_shimada_paris/
『ku:nel』2021年9月号掲載
写真 Ylias Nacer(島田さん)/イラスト Shapre/取材・文 綿貫あかね/協力 中西千帆子、島田今日子/編集 黒澤弥生