ミュージシャンで文筆家・猫沢エミさんの著書『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』(TAC出版)が話題です。タイトルの”ねこしき”とは、猫沢さんのしきたりを短くしたもの。その名の通り、50歳を迎えた猫沢さんがありのままを綴った文章が、同世代の女性の共感を得ています。そんな猫沢さんの日々の暮らしへの向かい方と、自分のために作る料理のレシピをご紹介。シリーズの最後には、猫沢エミさんの特別インタビューも。
猫沢エミ
ミュージシャン、文筆家、映画解説者、生活料理人。2002年に渡仏。2007年より10年間、フランス文化に特化した《Bonzour Japon》の編集長を務める。超実践型フランス語教室《にゃんフラ》主宰。著書に『東京下町時間』『フランスの更紗手帖』(ともにパイ インターナショナル)など多数。8年ぶりの新装版復刊となる『猫と生きる。』(扶桑社)が、9月24日に発売。
「私も人間だから、ときどきうんざりしたり、自暴自棄へと引きずられそうになる」と話す猫沢さん。
負の感情に流されそうになるとき、助けてくれるのはもうひとりの自分なのだといいます。
気づいたのは、「私は私の所有物などではなく、もうひとりの私といつでも細やかな対話の末に物事を決めて生きている」ということ。
そんなときは、ひとまず何か作って食べる。そのうちに「なんだ、ぜんぜん大丈夫じゃないの」と、気分も痛みもぐんと和らいでいくのです。
ぐうの音も出ないときこそ食べる
もうひとりの私は、度重なる苦境で得た人生最大の親友かもしれない。
若かりし頃、《私は100%、私の所有物である》という、ぞんざいで貧相な考えに縛られていた。体をどんなに酷使しても、心がどんなにすさんでも、肝心な踏ん張りどきには容易に目をそらした。そんなことを繰り返していると、体と心は嘘をつき始める。どうせ本当のことは聞いてもらえないのだとあきらめて、場当たり的なことを言い始めるのだ。
その頃の私は、体をいたわるための睡眠もとらず、食事も適当、身の回りや、家の整えにいたるまで、ありとあらゆることが雑の極みだった。その頃に作ってしまった床の傷や壁の汚れを見るたび、なにもかもがひどく不憫だ。俯瞰の私は、ナルシシズムや承認欲求とは対極にある、ものすごく冷静な自己の捉え方だ。自分を卑下したり、過剰に評価したりもしない。
まるで、凪の水面のようにすべてを映し出す、超純水でできた鏡だ。対峙すれば、丸裸になる。弱点も美点も狂いなく、そのときの自分が突き出される。歪んだ自己愛など入り込む 余地もなく、そのつど足りない自分を眺めては笑ってしまう。
それでもやっぱり心身が追い込まれると、心はざわつき、所作は乱れるものだ。元来、生真面目で完璧主義なところがある私は、できない自分を必要以上に追い詰めてしまう。そんなとき、きゅっと心が縮こまり、視野がぐんと狭くなるのがわかる。
一秒も無駄にできない……と、焦る気持ちをぐっと抑え、あえて台所に立つのだ。頭をからっぽにしてキャベツをざくざく切り分け、鍋にぎゅっと押し込む。寝不足の半目状態でスープを仕込んでいるとき、料理好きだった作家・檀一雄の 料理エッセイ『檀流クッキング』の痛快なレシピを思い出す。
〝こんなものは適当にぶちこめばよいのである〞。
そうだ、そのとおりだ。いつも完璧じゃなくていいのだ。作る時間がなくてきちんと食べないと、体は参って、心もそれに引きずられる。心の狭くなった私と一緒にいる人からしてみれば、たまったものではない。他人へのそんな甘え方は、子どもっぽくてみっともないなと思う。 こんなときこそ、無理なく作れるものでいいからきちんと食べて、キリリと笑顔で立っていたい。
そして、こうした苦境のときこそ、いかに自分を無駄に追い詰めることなく、健やかに乗り切れるかに挑戦する絶好のチャンスだ。一日の時間割りを大まかに作り、仕事と家事と雑務に分けて、ひとつずつクリアしていくようにする。
この小さな達成感方式はなかなか効果的で、焦る気持ちを具体的に静めてくれる。そして、ちょっとした休憩時間は、完全に現状から切り離して楽しむことに集中する。美味しいお茶や、手製のお菓子があったらなお素敵。友達との食事、気分を切り替える ための時間を使うことに、罪悪感はもってのほかだ。それなくして 時間闘える人間なんて、この世のどこにもいないのだから。
キャベツぎゅうぎゅうスープ
材料(作りやすい分量)
キャベツ…中1/4個
玉ねぎ…1/4個
人参…1/4本
茅乃舎野菜だし…1袋半
塩…小さじ1/4
ローリエ…1枚
水…600cc
ソーセージ…3~4本
白胡椒…少々
作り方
1)玉ねぎは薄切り、人参は皮をむいて5mm幅の輪切り、キャベツは1/4をさらに半分に切る。小鍋にソーセージ以外の材料をすべてぎゅうぎゅうに入れて、中弱火で10分ほど煮る。
2)ソーセージを入れて5分ほど温めればでき上がり。白胡椒を振っていただきます。
※本記事は『ねこしき』(TAC出版刊)からの抜粋です
次回に続きます。
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ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる
食べることは生きること。
料理のプロではなく、日々をよりよく生きるために食べ物をこしらえる生活料理人。自身のことをそう語る、50歳を迎えた猫沢エミさんの、生き方を紹介する一冊。
『ねこしき』(TAC出版)
撮影:鈴木陽介 構成:赤木真弓