クウネルで連載中の松浦弥太郎さんのエッセイ「大きな山をこえるとき」が一冊の本『今日もごきげんよう』になりました。その発売を記念して、2022年7月23日(土)に中目黒 蔦屋書店で行われたトークショーの模様を、【前編】「すべてに答えを出す必要はない」に続いてお届けします。
聞き手・河田実紀(連載担当編集者、以下、略) ーー今日ご参加くださった読者の方から事前にいただいた質問を読ませていただきます。
自分を励ます呪文
■質問3■
つらいことや悲しいことがあったとき、どのように考えたり、行動して、自己肯定感を上げていきますか? またどう過ごしたり考えたりして日常に戻りますか。
松浦弥太郎さん(以下、松浦):大人になっても、こんなに大変なことがあるんだなって思うんですよね。『今日もごきげんよう』のベースとなった、クウネルでのエッセイのテーマが、50代になった自分が何をどうやって乗り越えていくかっていうことで……。 50を越えてもこんなにつらいこととか苦しいことってあるんだなってつくづく思うんです。
日々つらいこと、悩むこと、迷うこと、苦しいことがあるなかで、いろんな自分以外のものに頼って、すがっています。音楽を聞けば気分が落ち着くかなとか、本を読んだらとか、人に会ったらとか、どっか出掛けたらとかいろいろ考えてするんですけど、本当の意味で気持ちが元気になるかというと、なかなか難しいなって思っているんですよ。最近は特にそう思います。結局、自分で今していることは、自分で励ますしかないんですよ。自分で自分を励ますことが唯一、自分、僕が立ち直った経験でした。
ーー具体的にはどんな風にされるんですか?
松浦:もう、「もはや駄目か」と思うことが結構あるんですよ。それは自分のちっぽけなプライドとか何かを守りたい気持ちがあって、そういう気分になるのかもしれないんですけど。特に仕事においては、自分が期待されている、その期待に応えられなかったり、自分が願っていないような状況に自分がなってしまう悔しさとか歯がゆさ……。
でもやっぱり前を向いて生きていかなきゃいけない。そんなときに、どうしたら自分をもう一回、元気にさせられることができるのか?っていろいろ考えました。そして、辿り着いたのが、笑われてしまうようなことなんですが、「絶対、大丈夫だ」って自分に言うんですよ。もう一人の自分に言わせるっていう感じですね。
ーー声に出して、ですか?
松浦:はい。最近も実際にあったので、これはリアリティーがあって答えているんですけど。何回も「絶対、大丈夫」って声にして呪文のように、お経のように言いながら、家の中を歩き回るんです。自分を奮い立たせ、もう一度、立ち上がることができた、唯一の方法かな?
もう一つは新しいことを考えるっていうことです。何か悩んでいることがあるということは、食事中でも、お風呂の中でも、心が落ち着かない状態ということです。そんな風に、心が落ち着かなくて耐えられないときに、「絶対、大丈夫だ、新しいことを考えよう」ってお経のように自分に言い聞かせる。それによって、「そっか絶対、大丈夫か」って、自分の気持ちが変わっていく。諦めるじゃないんですけど、前向きに物事を見つめることができるのでは?と思いますね。
よくスポーツ選手が、試合の前に、「絶対、勝てる」と自分に言い聞かせるというじゃないですか。それと同じ。自己暗示をかけてるって感じですね。
ーー自分で自分を励ますんですね。
松浦:自分で自分を励まして、自分を信じる。絶対、大丈夫だと信じる。それにつきますね。この方法を見つけたとき、すごいうれしかった。これから先、「もう駄目、もはやこれまで」となったとしても、こうやって自分で自分を励ませば、また復活できるんだっていうことを発明したんです。
ーーその発明、私も真似します。
松浦:ぜひ。自己暗示って、本当に効きますよ。大事なのは、声に出して、自分の声で耳に入れてくっていうことですね。
答えに向かって歩いていくだけで
■質問4■
「何になるか」ではなく、「どんな人になりたいか」が重要、という松浦さんの言葉に救われました。その考えに至ったきっかけを教えてください。
松浦: きっかけは、あんまりないんですよ。ずっと悩み続けている。 それで、頭の中に「自分がどうしたらいいか知りたいこと」が入っている引き出しみたいなものがあって、その中にいろいろと入ってるんですね。そして、あるときふと、モヤモヤとしたものが言葉にできる感じです。
ーーずっと考えておいでなんですね。
松浦: 歩いているときに、ふと、ああこういうことだったんだって思ったり、気が付いたりする感じかな。言葉が見つかり、自分がすっきりする瞬間があるんですね。
ーーすぐに正解にたどり着かなくてもいいんですね。
松浦:はい。 僕らは答えを見つけるために生きてるとは、絶対、思わないんですよ。 答えはもしかして遠くにあるのかもしれないんだけど、別にそこにたどり着く必要はなくて、そこに向かっていればそれだけでいいんだと、僕は思う。
だから何かになるんじゃなくて、どんな人間になりたいかっていうことのほうが、自分の中ではフィットしています。でもそれも答えじゃなくて、答えを探している途上で今、僕が見つけた道しるべみたいなことです。
ーーその道しるべは、みなさんそれぞれで違うということですね。
松浦:そうです。だからこそ答えはない。答えみたいなものに向かって歩いてるだけだ。それが僕はなんかすごく豊かっていうことじゃないかなと思います。
あいさつは自分を守ってくれる
■質問5■
自分は正社員になったばかりなのですが、上司や先輩から信頼を得るためには何をすればいいでしょうか?
松浦: まだ正社員になったばかりの方っていうのは、まだこれからの人で、今の自分にできることって少ないと思うんですね。そんんな中で、僕が大切だと思うのは、気持ち良いあいさつがすることですね。ちゃんと人の目を見て。あとは、自分なりの精一杯の身だしなみをすることじゃないですか。
ーー『今日もごきげんよう』にも身だしなみについてのエッセイがありましたね。
松浦:いつも小ぎれいにするっていうか、きちんと身だしなみをするっていうのはマナーだし、相手に対する敬意だと思います。
ーー身だしなみとあいさつは、私にもできそうです。
松浦:あいさつが上手にできることは、その人のことを守ってくれると思います。
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写真/松浦弥太郎
文/鈴木麻子