パリ在住・文化ジャーナリストが語る、人生のヒントが見つかるフランス映画【後編】

人々の日常を淡々と描き、それでいて刹那的。フランス映画の魅力をパリ在住の文化ジャーナリスト、佐藤久理子さんが語る後編です。
前編はこちら。

PROFILE

佐藤久理子/さとうくりこ

国際映画祭や映画人の取材の他、アート全般について日本のメディアに執筆。著書に『映画で歩くパリ』(SPACE SHOWER BOOKS)。

ゴダールから近年の女性監督たちまで。監督から読み解く、フランス映画

『軽蔑』 © 1963 STUDIOCANAL - Compagnia Cinematografica Champion S.P.A. - Tous Droits réservés

とくにフランス映画好きではなくても、気付けば同じ監督の作品をいくつか観ていた、ということはあるのではないだろうか。あるいは、映画を気に入ったので、この監督の他の作品をもっと観たいと思わせられたり。実際、監督の名前からリサーチしてまとめて観ると、作品そのものの理解が深まったりする場合もある。では、フランス映画を彩ってきた「外せない監督」といえばどんな名前が挙げられるだろうか。

ヌーヴェル・ヴァーグの監督として、フランソワ・トリュフォーと人気を二分したのが、2022年に亡くなったジャン=リュック・ゴダールである。一周年を機に、日本でも彼に関するドキュメンタリーや、代表作『軽蔑』(1963年)の4Kレストア版が公開され、再び注目を集めている。とりわけデビュー作の『勝手にしやがれ』(1960年)から、最初の妻、アンナ・カリーナが主演したカリーナ時代〈『小さな兵隊』(1960年)『女は女である』(1961年)『女と男のいる舗道』(1962年)『はなればなれに』(1964年)『アルファビル』(1965年)『気狂いピエロ』(1965年)〉は、彼女の初々しい魅力とエネルギッシュな躍動感が相まって必見。その後ゴダールは時代ごとに作風を変えていったが、新作ごとに「事件」として迎えられるような注目度は最後まで変わらなかった。

写真家から転身してゴダール、トリュフォーとほぼ同時代から活躍した女性監督の草分け、アニエス・ヴァルダ、のちに彼女のパートナーとなるジャック・ドゥミも忘れられない。ヴァルダの『5時から7時までのクレオ』(1962年)は、パリの街をさまよい歩くヒロインをドキュメンタリーのように捉えた、まさにヌーヴェル・ヴァーグ的な作品だ。一方、アメリカのミュージカルに憧れていたドゥミは、フランスらしい独自のスタイルで、『シェルブールの雨傘』(1964年)『ロシュフォールの恋人たち』(1967年)といったミュージカル映画を発表し、人気を得た。ちなみに池田理代子の人気漫画『ベルサイユのばら』(1978年)を映画化したのも彼である。

助監督時代を経て遅咲きのクロード・ソーテと、29歳で撮った『男と女』(1966年)で一世を風靡したクロード・ルルーシュは、ともに女優を魅力的に撮る恋愛映画に長けていた。ソーテはとくに、ロミー・シュナイダー〈『すぎ去りし日の…』(1970年)『夕なぎ』(1972年)『ありふれた愛のストーリー』(1978年)〉、エマニュエル・ベアール〈『愛を弾く女』(1992年)『とまどい』(1995年)〉といったスターたちの代表作を遺した。

ジャン゠リュック・ゴダール監督 『軽蔑』(1963年)

カプリ島を舞台に、作家ポールとその妻カミーユの悲劇的ロマンスを描く名作。主演のブリジット・バルドーの美しさが秀逸。4Kレストア版も公開された。

© 1963 STUDIOCANAL - Compagnia Cinematografica Champion S.P.A. - Tous Droits réservés

アニエス・ヴァルダ監督 『5時から7時までのクレオ』(1962年)

シンガーのクレオは、「ガンなのか?」と恐怖感を抱きつつ、7時に診断結果を聞くまでの間、パリの街で人々と出会い、心の平静を取り戻す様を描く。

ジャック・ドゥミ監督 『ロシュフォールの恋人たち』(1967年)

カトリーヌ・ドヌーブとその実姉が双子の姉妹を演じるミュージカル。年に一度のお祭りで賑わうロシュフォールで、ふたりは恋人の出現を待っていたが。

Photo:Aflo

ヌーヴェル・ヴァーグ以降

ヌーヴェル・ヴァーグ以後、80年代に登場した新感覚映像派と呼べるような監督が、レオス・カラックス、ジャン=ジャック・ベネックス、リュック・ベッソンら。カラックスは『汚れた血』(1986年)『ポンヌフの恋人』(1991年)で、当時のパートナー、ジュリエット・ビノシュとともに、新しいフランス映画を代表する顔となった。ベネックスはデビュー作の『ディーバ』(1981年)、フランスで大ヒットした狂熱恋愛映画の金字塔『ベティ・ブルー』(1986年)で有名に。ベッソンは、こちらも社会現象となるほどヒットした『グラン・ブルー』(1988年)で地位を確立し、その後『ニキータ』(1990年)『レオン』(1994年)といったアクション路線で世界的に成功を収める。

その後に登場した個性派は、ジャン=ピエール・ジュネ、フランソワ・オゾンら。ジュネは日本でも大ヒットした『アメリ』(2001年)でお馴染み。アーティスティックな映像と個性的なキャラクターたち、尖ったユーモアでファンが多い。

オゾンは一作ごとにスタイルを変え、さまざまな分野に挑戦する鬼才。ほぼ1年に1本映画を撮る多作ぶりで、現在のフランス映画界の中枢を占める。孤独な熟年女性の幻想をしっとりと描いた『まぼろし』(2000年)、カトリーヌ・ドヌーヴをはじめ国民的俳優たちを集めたコメディ『8人の女たち』(2002年)、十代の少年ふたりの一夏の情熱的な恋を描いた『Summer of ‌85』(2020年)など、作品によって魅力もさまざま。

さらに【前編】で挙げたセドリック・クラピッシュや、ハリウッドでリメイクもされた『最強のふたり』(2011年)のエリック・トレダノとオリヴィエ・ナカシュのコンビも、現実に根ざした共感しやすいドラマを撮る監督として人気がある。

フランス映画界は、他国に比べ女性監督の数が多いことでも知られるが、ここ数年はとくに各国の映画祭で賞を取るような実力派の活躍が目立つ。

1960年代の禁じられた堕胎を扱いヴェネチア国際映画祭で最高賞に輝いた『あのこと』(2021年)のオードレイ・ディヴァン、18世紀の女性画家とモデルの禁じられた恋を、瑞々しく叙情的に描いた『燃ゆる女の肖像』(2019年)のセリーヌ・シアマ、ともにカンヌ国際映画祭で最高賞を受賞した『TITANE チタン』(2021年)のジュリア・デュクルノーと『Anatomie d’une chute』(2023年)のジュスティーヌ・トリエなど。

作風は異なれど困難なテーマに果敢に挑戦していくバイタリティは共通している。彼女たちの活躍が、今後のフランス映画に一層、厚みを与えていくことはたしかだ。

ジャン゠ピエール・ジュネ監督 『アメリ』(2001年)

モンマルトルを舞台に、空想好きな女性アメリの日常と不器用な恋を描く。主演のオドレイ・トトゥの髪型やファッションも話題に。

© 2001 UGC IMAGES-TAPIOCA FILM-FRANCE 3 CINEMA-MMC INDEPENDENT-Tous droits reserves

フランソワ・オゾン監督 「8人の女たち」(2002年)

クリスマスを祝うために家族が集まった大邸宅。大雪の夜、一家の主人が背中を刺されて死んでいた。屋敷に集まった8人の女性のうち、誰が犯人なのか。

© 2002 STUDIOCANAL - France 2 Cinema U-NEXTで配信中

オードレイ・ディヴァン監督 『あのこと』(2021年)

60年代、中絶が違法だったフランスで、大学生アンヌは予期せぬ妊娠をしてしまう。ノーベル賞受賞作家、アニー・エルノーの実体験に基づいた衝撃作。

『クウネル』1月号掲載、文/佐藤久理子

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『クウネル』No.124掲載

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