パリ在住・文化ジャーナリストが語る、人生のヒントが見つかるフランス映画【前編】

人々の日常を淡々と描き、それでいて刹那的。フランス映画の魅力をパリ在住の文化ジャーナリスト、佐藤久理子さんが語ってくれました。

『アデル、ブルーは熱い色』(2013年)Photo:Aflo

PROFILE

佐藤久理子/さとうくりこ

国際映画祭や映画人の取材の他、アート全般について日本のメディアに執筆。著書に『映画で歩くパリ』(SPACE SHOWER BOOKS)。

映画から感じる、フランスのエスプリとは

Photo:Aflo

フランス映画と一口に言っても、もちろん多種多様だ。世代によってイメージするものも違うかもしれない。だがそれでも、フランス映画の十八番、世界中でフランス映画が愛されてきた理由といえば、洒脱なセンスにあふれた、人生を違った視点から眺めさせてくれるようなものではないだろうか。いくつになっても情熱を失わず、他人の目を気にすることもなく、ときに子供じみたおこないで人生をよけいこじらせてしまったりするものの、その人間味がとても身近に感じられるキャラクターたちが呼吸する映画。人生のヒントがいくつも詰まっていそうな魅力に富んでいる。ここでは、そんなフランス映画のエスプリが感じられるような作品をご紹介したい。

50年代末に登場したヌーヴェル・ヴァーグ(新しい波)と称されたムーブメントは、それまでの古典的な映画作りから離れ、カメラを持って街に出て、もっと自由に映画を作ろうとした試みだ。その主要メンバーの一人であったフランソワ・トリュフォーは、もともと自伝的な作品『大人は判ってくれない』(1959年)で一世を風靡したが、恋愛映画を撮るのが大好きで、恋愛映画の巨匠と言われるようになった。

彼の分身と目される、ジャン=ピエール・レオー扮するキャラクター、アントワーヌ・ドワネルを描いたシリーズ5作〈『大人は判ってくれない』『アントワーヌとコレット/二十歳の恋』(短編、1962年)『夜霧の恋人たち』(1968年)『家庭』(1970年)『逃げ去る恋』(1979年)〉は、その代表。だんだんと成長していくドワネルが、あっちにふらふらこっちにふらふらと恋の遍歴を重ねつつ人生を学んでいく。浮気や三角関係もユーモラスに扱い、重くなりすぎないのがドワネル・シリーズならでは。とくに最終作の『逃げ去る恋』は、彼のこれまでの恋の遍歴が走馬灯のように描かれ、ダメ男なのになぜか愛さずにはいられない魅力が集大成的に描かれる。

ヌーヴェル・ヴァーグ出身で、もうひとりの恋愛映画の巨匠として知られるのが、エリック・ロメールだ。彼はトリュフォーよりもユーモアは少なく、代わりに鋭い人間観察による、ちょっぴり辛辣な恋の駆け引きを描くのが得意だったが、その底にはおおらかな人間愛がある。日本でも当時ヒットした『海辺のポーリーヌ』(1983年)は、彼の代表作のひとつ。夏の海辺のバカンスで、登場人物はみんな恋のことしか頭にない。海と夏の日差しとゆったりした時間と哲学的な恋愛観。これぞフランス風バカンスの楽しみ方を、たっぷりと味わわせてくれる。

『逃げ去る恋』(1979年)

フランソワ・トリュフォー監督作品。印刷工のアントワーヌは自分の恋愛体験をまとめた小説を出版。妻とも離婚が成立したが、ある日初恋の相手と再会し……。

Photo:Aflo

『海辺のポーリーヌ』(1983年)

エリック・ロメール監督作品。避暑に訪れた15歳の少女ポーリーヌの恋模様を、従姉妹のアバンチュールも交え、ロメールらしい辛辣なユーモアで描く。

Photo:Aflo

90年代

90年代に入り、市井の人々のリアルな生活を題材に、温もりあるコメディで大ヒットを記録したのは、セドリック・クラピッシュの『猫が行方不明』(1996年)。当時パリでは再開発が進み、人々の生活習慣も変わりつつあった。本作では、若者の街バスティーユを舞台に、古くから住む熟年層と若者の共存、交流を、カフェというフランス的な場所を通して描く。日本で言えば長屋感覚とでも言うのか、ご近所同士の連帯感にほっこりさせられる。見知らぬ者同士が出会ってすぐに会話が弾むあたりも、いたってフランス流。日常の風景がとても愛おしく見えてくる作品だ。クラピッシュは本作以降も『家族の気分』(1996年)『スパニッシュ・アパートメント』(2002年)『パリのどこかで、あなたと』(2019年)など、つねにリアルな生活に根ざした作品を撮り続けている。

近年ようやく話題に上り始めたLGBTQテーマを情熱的に描いたのは、フランスの人気グラフィック・ノベルを映画化した『アデル、ブルーは熱い色』。2013年、カンヌ国際映画祭で最高賞を受賞し話題になった。偶然街で出会った学生のアデルとエマは、情熱的に愛し合うようになるが、ふたりの家庭環境の違いや恋愛観のずれから少しずつ溝ができていく。性別を超えて、普遍的な愛の困難を考えさせられる。

『猫が行方不明』(1996年)

セドリック・クラピッシュ監督作品。パリの下町で行方不明になった愛猫を探す若い女性が、多種多様な人との出会いや交流を描くロマンチックコメディ。

Photo:Aflo

『アデル、ブルーは熱い色』(2013年)

アブデラティフ・ケシシュ監督作品。青い髪の美大生エマと運命的な恋に落ちた現代的な若者アデル。女性同士の情熱的な恋愛を、大胆な性愛描写と共に描く。

Photo:Aflo

現代の若者の姿を瑞々しくすくいとった作品

若い女』(2017年)と『パリ13区』(2021年)は、ともに現代の若者の姿を瑞々しくすくいとった作品として注目したい。

前者は、フランスで注目を浴びる女性監督の一人、レオノール・セライユの長編初監督作。10年交際した恋人に31歳で突然捨てられ、家も仕事もなく猫とパリを放浪するヒロイン、ポーラ。絶望的な状況にもかかわらずどこか楽観的な彼女は、ときには嘘も方便でなんとか食いつなぎ、困難な状況を打破していく。見栄っ張りでマイペースだが憎めない、それどころかそのお茶目な性格に、観ているうちにどんどん引き込まれてしまう。飾らないパリの風景や、彼女をめぐるパリジャン、パリジェンヌの交友ぶり(気さくだけど、譲れないものは譲らない!?)など、素顔のパリが味わえる点も魅力的だ。

後者はフランス映画界のベテラン、ジャック・オディアールの監督作だが、その瑞々しさに驚かされる。アジア系移民が多い、パリの再開発エリアである13区は、コンクリートの高層建築が立ち並ぶふだんあまり映画では見られない地域。そんな場所を舞台に美しいモノクロの映像で、人間関係に悩む20代の若者の生き方を捉えてみせる。まるで現代のヌーヴェル・ヴァーグと呼びたくなるような、街と人の奏でる生き生きとした息吹が聴こえてくる。

『若い女』(2017年)

レオノール・セライユ監督作品。10年も付き合った恋人に突然別れを告げられ、住む家も失った31歳のポーラが、どん底から少しずつ前に進んでいく。

Photo:Aflo

パリ13区(2021年)

ジャック・オディアール監督作品。移民の多い13区で生きる若者たちの孤独や不安、セックスなどを、モノクロの映像で描いた作品。

『クウネル』1月号掲載 文/佐藤久理子

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『クウネル』No.124掲載

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