「朝日新聞デジタル『&W』で台所の連載を長く続けるほか、著書も多い文筆家の大平一枝さん。2021年12月に新刊『ただしい暮らし、なんてなかった。』(平凡社)を上梓しました。
2011年に刊行された『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)の続篇的なこの本は、各エッセイの最後に「かつて」「いま」といった記述があるのが印象的。
50代となり、歳を重ねたからこそ、そして、大平さんならではの実体験を基に紡ぎ出される言葉は、一字一句、心に刺さるものばかりです。
vol.1~vol.3では著書の一部を紹介し、vol.4では著書を含めて大平さんの暮らしまわりや人付き合い、物との付き合い方など、お話を伺いました。今回はシリーズ最後の後編をご紹介します。
大平一枝/おおだいらかずえ
作家、エッセイスト。大量生産・大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと、価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)などがある。
●公式サイト:「暮らしの柄」http://kurashi-no-gara.com/
●インスタグラム:@oodaira1027
■結婚後、8度の引っ越しを経験。家族の成長に合わせて最適な住まいを求めて。
ーー著書『ただしい暮らし、なんてなかった。』では住まいの変遷についても書かれていますね。ご結婚以来、8回の転居をされていると。
大平さん(以下、大平):そうなんです。34歳のときに二人目の子どもが生まれたこともあって持ち家熱が高まり、コーポラティブハウスを建てました。でも、子どもが小さかったので騒音を考えると集合住宅は厳しいと判断して、そこは貸して一戸建てに移り住みました。
その後も何度か引っ越しをしましたが、家族の強い要望と、子どもたちが成長したこともあって、またコーポラティブハウスに戻ったんです。
ーー長年、住み慣れて思い入れもあるお家ですね。そこから、この新居に引っ越したきっかけはなんだったのですか?
大平:息子が結婚して子どもが産まれることになり、引っ越しを決めました。コーポラティブハウスは部屋数が少なくて、息子夫婦が泊まりにきたときは夫が廊下で寝ていたくらいだったんです(笑)
本にも書いているのですが、コーポラティブハウスに住み始めたころ、同じ建物の住人へ配慮して、子どもたちに『バタバタしないで!静かに歩いて!』とよく言っていました。でも、孫にはそんなこと、とても言いたくないという気持ちもありましたね。
ーーなるほど。家族が増えたり減ったり、また増えたりすることで、大平さんとご家族の住まいも変わってきたのですね。新しい住まいで、とくに気に入っている場所はありますか?
大平:そうですね。キッチンはいいなと思っています。完全な独立型なんです。いままでは子どもが小さかったこともあり、独立型よりも対面型が当たり前でした。子どもたちが遊んだり宿題したりするのを捉えながら料理することが理にかなっていたんですね。
でもいまは、それは必要ない。むしろ、独立していたほうが料理に集中できるし、臭いがほかの部屋に移ることも少ないから、すごくいいんです。最近は、ラジオを聞いて、ちょっとビールを飲みながら料理するのが楽しくて。
ーーいいですね。窓からの眺めも最高ですね(取材時は桜が満開のころ)。
大平:嬉しいです。以前だったら、家族が団らんしているリビングから離れてひとりだけ料理するなんて!と思いましたね。そのステージごとに最適なものやことは変わっていく、改めてそれを実感しました。
■友人に頼んだ食器棚の収納が固定概念を外してくれた。
ーーキッチンを拝見させてもらってもいいですか?
大平:もちろん!あまり手は加えていないんです。前の家から持ってきたものも多くて。この食器棚もそう。結婚するときに母が買ってくれたもので、8度の引っ越しも共にしてきました。
ーーこのコーナーの2回目で紹介させてもらった「ちゃぶ台リメイク」でもありましたが、大きな家具はもう買い足したくないと。
大平:そうですね。まだ使えるものを手放すことには抵抗があります。でも、もっと使いやすくするために方法を変える、考える、ということは面白いと思います。
この家に引っ越しする際、昔からよく知っている友人に「この食器棚の中身全部の収納をお願い!」とお任せしたんです。そうしたら、自分では思いもよらない結果になって。
たとえば、引き出しにはカトラリーを入れるものだと思っていたけれど、彼女は豆皿や小皿を引き出しに入れていて、こうすると使いやすいよと。
ーーなるほど。同じ食器棚でも収納する人が変わると、しまうものや場所が異なるのですね。
そうなんです。 7回も8回も引っ越しをしてキッチンの間取りやスペースは変わっているのに、 ここはガラス、ここは陶器、大皿は下とか、食器棚の中の顔ぶれや配置はまったく変わらなくて。変えようという発想すらなかったんです。
前回のヘアやメイクの話にも通ずるのですが、歳を重ねるとどうしても思考が凝り固まってしまうことってあると思うんですよね。今後は、ちょっとしたことでも、変化を楽しんでいきたいなと思っています。
■「長男の結婚で家族が増え、いい連鎖が起きています」
ーー話は変わりますが、お孫さんが産まれたばかりとのこと。おめでとうございます。実感はあるのでしょうか?
大平:それが全然(笑)。先日ちょうど、息子夫婦に『ちょっと息抜きしてきたら』と言って初めて孫を預かったんです。でも、寝ているばかりで、こんなに小っちゃかったけ!?って思いましたね。
ーーいいですね。ずいぶんと若くにおばあちゃんになられた印象ですが、息子さんが早くにご結婚されたのですね。
大平:大学卒業後すぐに結婚しました。海外赴任のある職業柄、若くして結婚する人が多いということもあって早かったですね。
大学時代からずっと付き合っていた子で私もよく知っているんですけど、とてもいい子なんです。だから、もちろん反対はしなかった。でも、内心『そんなに早く結婚しなくてもいいのにな』とは思っていましたね。
けれども、その考えはすぐに変わったんです。
結婚後、お嫁さんにあたるその彼女のご家族ともやり取りをするようになって。わりと近所に住んでいるのですが、彼女のお祖父様、お祖母様ともに90代で。とっても元気なんです。
「おじいちゃんが弟と、戦時中からの家族史を記録している」というので読ませてもらったら、それがすごく興味深かったんです。こんなに貴重なことはないと、その後、取材もさせてもらって。
お祖母様の話もとても楽しくて、お義父さんお義母さんとも食事することもあり。単純に家族が増えたことがすごく嬉しいと思ったんですよね。
ーーとても素敵ですね。
大平:ありがたいですね。子どもの結婚や、お嫁さん、お姑さんというと、ちょっと面倒なことという勝手な刷り込みや固定概念があったんです。
でも、 息子を通じて楽しい人がひとり増えて、その人を通じて、また楽しい人たちと繋がることができた。とてもいい連鎖が起こっているなと。
だから、 私は私の考えでこの人たちと新しい関係を築いていければいいなと思っています。
初めての孫との関係性も含めて、これからどんな風に自分の心境が変わっていくのか、楽しみにしています。
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50代になったからこそ気づいた、人づき合いや人との距離感、物の適正量や持ち方、身体や心のケア、ファッション、変わり続ける住まい……など。試行錯誤した末に気づいた、いまの自分にフィットする暮らしのヒントを綴っている。
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聞き手/結城 歩 著者撮影/安部まゆみ