【大平一枝さん・ただしい暮らし、なんてなかった。vol.2】歳を重ねたからこそ、新しい大きなものを生活に足したくない。

大平一枝 丸テーブルお茶とお菓子

朝日新聞デジタル『&W』で台所の連載を長く続けるほか、著書も多い文筆家の大平一枝さん。2021年12月に新刊『ただしい暮らし、なんてなかった。』(平凡社)を上梓しました。

2011年に刊行された『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)の続篇的なこの本は、各エッセイの最後に「かつて」「いま」といった記述があるのが印象的。
50代となり、歳を重ねたからこそ、そして、大平さんならではの実体験を基に紡ぎ出される言葉は、一字一句、心に刺さるものばかりです。

著書には51のエッセイが収められていますが、その一部をご紹介。シリーズの最後には、大平さんの特別インタビューも掲載予定です。どうぞお楽しみに。


 拙宅でもっとも愛着のある家具はパイン古材のちゃぶ台と茶箪笥だ。前者は第二子を妊娠中に松本のインテリアショップで、後者はコーポラティブハウスに越してきたときに京都、姉小路通りの骨董店で買った。どちらも長い家族の想い出がはりついている。

 とりわけちゃぶ台は、我が家の象徴のような存在だ。目線が低くなり、来客でも気楽に座れて緊張がほぐれる。食事だけでなく宿題や仕事もした。地震では子どもの避難場所になった。
 しかし、年の端には勝てず、だんだん床に座ると足腰に負担がかかるようになってきた。海外から友達が来ると十分もしないうちに「ソファのほうが楽だからこっちに座っていい?」と言われる。たしかに椅子に慣れた生活の人には、足を大きく折り曲げる姿勢は辛いだろう。

 ほんの数年前までは気にもとめていなかったが、歳を重ねるとよくわかるようになった。椅子のほうがはるかに立ったり座ったりの動作が楽だ。

 コロナ禍で、家にいることが長くなった夫から切り出された。
「なあ、椅子にせえへん?」
 これから先の人生も長い。毎回、よっこらしょと腰をさすりながら立ち上がるのはたしかに考えものだ。熟考の末、テーブルに変更を決めた。夫とは、ちゃぶ台と別れるのではなく脚をつけてリメイクし、使い続けるという選択が一致した。長い間家族の三食を縁の下の力持ち的に支えてきて、壊れてもいないのにこちらの都合でお払い箱にはしたくない。

大平一枝 丸テーブル
20年以上前に購入したというちゃぶ台。味のある傷は、いかにも大平さんのお子さんや家族の成長を物語っているよう。

 いくつか家具店を歩くと、どの販売員からも異口同音に薦められた。
「買ったほうが安いですよ」
 我が家のちゃぶ台は十キロ以上あり、重い。それを支える脚の造作やデザインが難しいとのことだった。一、二カ月後、なんとかリメイクをしてくれる工房をやっと見つけた。結果からいうとやはり買ったほうが安かった。

 それでも愛着のあるものを使い続けられるのは嬉しいという話を書きたいのではない。この体験を通して、私はあんなに好きだった『家具を見たり買ったりする』という行為に興味をなくしていることに気づいたのである。もう、新しい大きなものを生活に足したくない。買い替えたほうが安かろうがなんだろうが、あるものでなんとかしたい。使えるものをゴミにしたくない。ゴミを増やしたくない。

 安い高いだけを基準に、家具を手放したくないんですという私たちの考えを、職人はよく理解してくれた。思想を共有できると、齟齬(そご)がないので仕上がりも願ったとおりになる。きれいに化粧直しされてテーブルに生まれ変わり戻ってきたそれは、ずっと前から我が家にあったように空間に馴染んだ。

 家具を生活の変化に合わせ手を入れ、育てていく。出費は痛かったけれど節約という美徳のかわりに、思い出がつまったまだ使えるものを手放す後ろめたさを背負わずにすんでよかった。


<かつて> 小さな家具でも、新しいものを買うときはつねにときめいた。

<いま> ときめきより、処分する後ろめたさが気になるようになった。


五章 「育ちゆく日課表、住まいクロニクル」より「ちゃぶ台リメイク」

※本記事は『ただしい暮らし、なんてなかった。』(平凡社)からの抜粋です。

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再構成/結城 歩  著者撮影/安部まゆみ

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