悩んだときや心が揺らいだ時、活字を読むことは効果的です。そういったときこそ、作者の言葉ひとつひとつが重みを持ち、語りかけてくるように感じるもの。今回は、編集者・若菜晃子さんの心に残った、石井桃子さんの言葉を紹介していただきました。
編集者として教わる事だけでなく、人として学ぶことも多くあったそう。心の支えになる言葉を探すと人生が豊かになるかもしれません。
編集者の若菜晃子さんが好きな、石井桃子の言葉。
■1
「美しいものは、 ちっとも失われていない」
『家と庭と犬とねこ』——「『ノンちゃん牧場』中間報告」より
■2
「じぶんの波長」
『家と庭と犬とねこ』——「波長」より
『家と庭と犬とねこ』 は、単行本未収録の作品を多く含む生活随筆集。 戦中石井さんは農業を始めようと宮城県鶯沢に移住。鍬入れをしたその日が終戦の日だった。「美しいものは~」はそのとき真っ青な空を見上げての言葉。「戦争へのうねりはいつのまにか押し寄せ、気づいたときには誰も抵抗できなくなっている。戦中・戦後の先生の文章にはその切迫感が漂います。そんな時でも自然界は変わらないという象徴的な一言」河出書房新社1,600円、文庫680円
■3
「かつてあったいいことは、どこかで生きつづける」
『児童文学の旅』——「想い出を追って一九七六・一九七九」より
欧米の児童図書館や作家の足跡を訪ねた旅行記。上記は20年後再訪した図書館が様変わりしていることに衝撃を受けた石井さんに旧知の仲間がかけた言葉。「本を作る仕事はどこで誰に何が伝わっているかわかりにくく、この言葉どおりいいものは残ると信じるしかない。編集者のはしくれとして励まされます」。岩波現代文庫1,040円
70歳を超えた著者が、浦和での子ども時代を綴った物語。「先生の著作の中で一番好きな作品です。子どもの目をもって大人の筆で書くというのはなかなかできないこと。記憶が明確なことにも驚きます。子どもの頃はこんなふうに感じていたなと共感する部分も多く、大人にこそ読んでほしい本です」。福音館文庫750円
石井桃子/いしいももこ
1907~2008年。埼玉県浦和出身。岩波少年文庫の編集。
『ノンちゃん雲に乗る』などの創作や随筆、『クマのプーさん』などの翻訳に活躍。自宅の一室に子どもの図書室を開くなど、日本の子どもの本の礎を築いた。
20年ほど前のこと。杉並区の図書館で開かれた『石井桃子展』を訪れた若菜晃子さんは、色紙に書かれた言葉に出合います。《子どもたちよ子ども時代をしっかりとたのしんでください。おとなになってから 老人になってから あなたを支えてくれるのは 子ども時代の「あなた」です。》
「それまでも著作や翻訳された児童文学に親しんでいましたが、この言葉に強く惹かれて。石井先生自身がどんな方だったのか、もっと知りたいと思ったのがその後『石井桃子のことば』と いう本を編むきっかけになりました」
長生きの秘訣を問われ、しばらく考えてから「自分を変えないできたことかしら」と答えたという石井さん。「その姿勢が《じぶんの波長》という一言によく現れています。情報や周囲に惑わされず、自分と波長の合う、好きなものを大事に生きていけばいい。そう思うと気も楽ですし、多くの人の支えにもなる言葉ではないでしょうか」
若菜晃子/わかなあきこ
山と溪谷社を経て独立。編集や執筆に活躍中。『石井桃子のことば』(新潮社)は著作や談話から石井さんの言葉を集めて編んだ1冊。
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『ku:nel』2020年9月号掲載
取材・文/丸山貴未子