『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』(TAC出版)が話題の、ミュージシャンで文筆家・猫沢エミさんのインタビューを3回に渡ってお届けします。50歳を迎えた、猫沢さんの暮らしや料理への向かい方、死生観、愛猫への思いなど、たっぷりとお話を伺います。
▼これまでの話
1)ひとりは、ひとりぼっちなんかじゃない
2)いつでも自分を俯瞰で見る、もうひとりの私がいる
3)50歳は人生の大切なターニングポイント
猫沢エミ
ミュージシャン、文筆家、映画解説者、生活料理人。2002年に渡仏。2007年より10年間、フランス文化に特化した《Bonzour Japon》の編集長を務める。超実践型フランス語教室《にゃんフラ》主宰。著書に『東京下町時間』『フランスの更紗手帖』(ともにパイ インターナショナル)など多数。8年ぶりの新装版復刊となる『猫と生きる。』(扶桑社)が、9月24日に発売。
ーー『ねこしき』は、猫沢さんのエッセイとレシピがリンクしていて、交互に出てくる構成になっていますね。
猫沢エミさん(以下、猫沢):インスタグラムにもう何年も#猫沢飯というハッシュタグをつけて、毎日普通のごはんをそのままアップしているんです。それを長い付き合いの編集者が見て、本にしないかと言ってくれたのが始まり。それまでもレシピ本のお話はあったのですが、食も生活の一部であるというのが大前提だったので、レシピだけではなく物語があるものがいいと思っていました。昔から池波正太郎さん、檀一雄さん、宇野千代さんなど、食が好きな作家によるエッセイとレシピが一緒になった本がすごく好きで、読んでいると食べたくなるし、作ってみたくなるんですよね。味の記憶のバックボーンがちゃんとあるものって、生活の中で身近に感じることができると思うんです。
ーー確かに昔のエッセイ本のように、読みながら味を想像できるところも良かったです。
猫沢:料理本だと季節や食材で章を分けると思うのですが、この本では「ひとりハレの日」とか「MAXケの日」とか、気分でレシピを分けているんです。”本当にきつい日でもこれなら作れる”とか”ちょっと時間もあって、みんなの分を作る日はこれ”とか、生活のなかで実際にみなさんが作るものはそうやって選んでいると思うんですよね。これは私が仮で付けていたものだったのですが、編集者が面白がってくれて、そのままにすることにしました。
ーー「イギリス風貧乏キーマカレー」など、レシピ名もユニークですね。
猫沢:「キャベツロールグラタン」は、ロールキャベツもグラタンもどちらもご馳走で、それを合わせるのは家庭料理だからこそできる発想。少し手が込んだポトフやお菓子もあるし、苺のタルティーヌのような切って乗せるだけのもの、もはや料理じゃなく、インスタレーションのようなソーヴィニヨンメロンも紹介しています。この本を出してすごくうれしかったのは、愉快な簡単メニューのご紹介のつもりが、みなさんの中で広がりを見せて、今まで料理が苦手だったという方が初めて料理をしたって言ってくださったことです。ちゃんと切ってみせるだけで一つの料理になるんですよね。
ーー自分で料理をすることの大切さが伝わってきました。
猫沢:どんなに料理が上手じゃなくても自分に食べさせてあげることが大切で、そうすると身体が疲れないと思うんですよね。私は今1人暮らしなので、友達が来たときくらいしか誰かに作ってあげることはないのですが、みなさん1人だから作らないっておっしゃるんです。面倒だしおいしいって言ってくれる人もいないって。でも「おいしい」と言うのは自分なんじゃないか?って考えるんです。私が#猫沢飯をアップしはじめたのは、作った料理を写真に撮ると俯瞰して見られるんですよね。それがおいしそうに見えたとき、「忙しいけどこれだけできた」って自分が励まされる。そういうSNSの使い方っていいなと思っています。
ーー2回目でご紹介した、俯瞰で見ることにも繋がりますね。
猫沢:俯瞰の私という視点は、私のメインテーマ。女性は特にホルモンバランスに振り回されて、自分の努力とは関係のないところでアップダウンと常に戦っているんですよね。それをあまり日本社会は認めてくれないけど、これがフランスだと「女性はそういうもの」と、社会のなかで当たり前のように受け入れられている気がするんです。でも社会が頑張っている女性をあまり助けてくれないとなると、自己コントロールが大きな課題であり、大事になってくると思います。機嫌が悪くなったり、鬱々としてしまうとき、自分のなかでどう処理するか? もし人に不快感を与えてしまったら、凹んで負のスパイラルに入るのはすごく簡単なこと。だから上手に付き合って自分を好きでい続けるために、睡眠を取ったり、外に出たり、コーヒーを淹れたり、日常のなかで一番自分に合うものを探すんです。そんなほんの少しの行動が浮上のきっかけになると思うんですよね。それが私の場合は料理をすることでした。ここでも書いたように、30代後半に食生活を見直すきっかけもあり、やり続けることで自信をキープしていくところがあったと思います。
手を動かして止まらないことが大切
ーーお母さまと愛猫・イオちゃんの看病が重なったとき、お菓子作りが心の安寧に繋がっていたという表現が印象的でした。
猫沢:小麦粉だって、食べられるものはすべて命なんですよね。命あるものに触れて、なんとか自分のバランスを取る感じで、「今日はどうしても無理」っていうときに手を動かすことが私には必要だったと思うんです。小麦粉をこねていると柔らかさや、湿度によってびっくりするほど生地が変わるのが、日々コンディションが違う生き物と対峙しているのと、かなり近い感じがあるんですよね。本の中でご紹介したお菓子は、失敗しない、形を変えたらなんでもできるものばかり。気晴らしで作るのに手順が難しくて、失敗してしまったら悲しくなるじゃないですか。だからそうならないものばかり作っています。
ーー失敗しないで作ることが、ストレス解消に大切なんですね。
猫沢:コロナ禍の今は落ちないでいることの方が難しいくらい、ストレスフルな状況。まずは自分のコンディションが今どうであるか、悲しいのかうれしいのか耳を傾けることが大切で、把握すると対処ができます。人に会うとき、私と会ってよかったと思ってくださったらいいなと思っているんです。それは人に良く見られたい訳ではなく、良いコンディションでいる自分を自分自身も共有する感じ。そうすると自然といろんなことがうまく行ったり、力を貸してくださったり、いいことって波及していくと思います。
→インタビューは次回に続きます。
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ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる
食べることは生きること。
料理のプロではなく、日々をよりよく生きるために食べ物をこしらえる生活料理人。自身のことをそう語る、50歳を迎えた猫沢エミさんの、生き方を紹介する一冊。
『ねこしき』(TAC出版)
撮影:鈴木陽介 聞き手:赤木真弓