エッセイスト・広瀬裕子さん60歳の心構え/後編。お悔やみルール。いつもの黒い服で、不祝儀袋は表書きを購入店で書いてもらう

〈プレミアムメンバー〉の広瀬裕子さんが、最新刊『60歳からあたらしい私』(扶桑社)を上梓。これまで50歳、55歳という年齢をテーマに執筆してきた広瀬さんが、迎える60歳を「新たなスタートライン」と捉え、暮らしや身体のこと、家族のことなどに対し、自分に合った選択肢を丁寧に綴ったエッセイ集です。
その中から一部を抜粋し、2回にわたってお届けします。前編/エンディングノートに記した6つのことと、それで見えてきたことに続き、連載二回目です。
※本企画は、広瀬裕子さんの『60歳からあたらしい私』(扶桑社)からシリーズ2回でご紹介します。
お悔やみの備え
年齢を重ねていくと葬儀に参列する機会が増えてきます。親族・親戚関係をはじめ、仕事先、友人知人。関係性は様々ですが、誰かと共有した時間は、いつかは終わりが訪れます。
数年前、両親を見送りました。わたしより歳下の友人の葬儀に参加したこともあります。覚悟している時もあれば、突然のこともあり、いつも戸惑いを隠せません。
そんなこともあり、日頃から準備してあるものがあります。ひとつが、お香典袋です。御霊前と御仏前のふたつがありますが、急に必要になるのは御霊前のほう。慌てなくてすむよういつも引き出しに入れています。

不祝儀袋で悩ましいのが表書きではないでしょうか。文字が得意な方は問題ありませんが、わたしは縦書きで名前を書くのがとても苦手です。そんなこともあり、購入したお店で表書きを書いていただくようにしています。いえ。そうしてくれるお店で買い求めています。
常日頃からこういうものを用意していると 「縁起が悪い」 という考えもありますが、 突然の時でも、適当なものを使いたくないという思いと準備に時間を割きたくないという気持ちが強くあります。
親しい間柄であれば、できるだけ早く駆けつける、お手伝いをするほうに時間を使いたいですし、親族でしたらそれこそ手配でほとんどの時間を費やします。その合間に 「これがない」 「あれを用意しなければ」 となりたくないのです。
お香典袋とともに、数珠、ハンカチ、帛紗なども一式、引き出しのなかに入れてあります。ある程度の年齢であれば持っているものですね。わたしは、数年前、あたらしい物に揃え直しました。
数珠は、母がかつて用意してくれたものを、糸を変えるなどして手を入れてもらいました。ハンカチは弔事の時だけ使うものに。帛紗は年齢的にあったほうがいいと思い買い足しました。

反対に、手放した物もあります。喪服です。
いままでの人生で喪服を購入したのは3回ほど。10年ごとに買い替えてきました。ブラックフォーマルは、基本、流行に左右されないものなので、手入れをすれば長く着られます。そんなこともあり、10年に一度という長いスパンで買い替えてきたのですが、流行に関係ないといっても、実際、着る段階になった時、違和感がないわけではないのです。
10年前の自分といまの自分は変化しています。服のシルエットもそうですし、自分自身の体形も、年月とともに変わります。久しぶりに袖を通すと違和感を持つのは仕方ないのですが 「こんな感じだったかな?」 となることが多々あります。
そんな経験を幾度かし、喪服は持たないことにしました。日頃から黒い服を着ていることもあり、 その服を基本に靴とバッグだけ弔事用にすることにしたのです。
実際、父の葬儀の時は、いつも着ている薄手のウールのセットアップにしました。葬儀の規模もちいさく、暑い季節ということもあり、それで十分でした。逆にそうでないと大変だったと思います。年々、暑さが厳しくなっているいま、しっかりした生地の喪服を着ての準備、移動、参列等は、負担がかかります。立場にもよりますが、既存の喪服でなくてもいい場合もあるのではないでしょうか。
着慣れない喪服を着て違和感を持ちながら参列するより、マナーを押さえつつ、自分に負担にならないほうが、故人へ思いを寄せられると思うのです。
また、歳を重ねていくと自分の健康状態により、葬儀に行くのを躊躇する場合も出てきます。参列したあと体調をくずすこともあります。そういった理由からも、着なれた服との兼用、負担にならないことがこれからは大事だと考えています。

わたしは、自分の弔事慶事の知識に自信がないので、わからないことは老舗のお店の方に聞くようにしています。不祝儀袋もそうですが、持ち物の確認、格についてなど、また、何かを贈る時も 「失礼はないか」 を確認します。関東と関西の違いなど、歴史のあるお店の方は知識も豊富なので安心です。
決まり事の多い世界です。こういう時は60代にふさわしく押さえるところは押さえておいたほうがいいと考えています。
若い頃は、どなたかが亡くなると、特にその方が歳下の場合は、ただただ悲しいという気持ちでした。いまは、 悲しみのなかに 「いつかまた違う場所で会える気がする」 そんな思いになることがあります。葬儀は、その約束をするための時間なのかもしれません。涙のなかにもささやかな希望が持てますように。
60歳からの暮らし方にヒントをくれるエッセイ、好評発売中

50歳、55歳と年齢をテーマに執筆してきた広瀬さんが、60歳を迎えるにあたり、「抗うことなく、あきらめることなく、自分に合った選択をしていく」との思いを込めて、日々の暮らしの知恵や心身の変化、家族との関わりなどを綴ったエッセイ集。60代のための新しいスタートラインを引き直すために必要な、選択と手放しのヒントをくれる一冊。
『60歳からあたらしい私』(扶桑社)1,870円
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この記事の
プレミアムメンバー

広瀬裕子
執筆のかたわら、50歳から空間設計の仕事をはじめ、現在は設計事務所の共同代表としてホテルや店舗、レストランなどのディレクション、フードアドバイス等にも携わる。著書に『60歳からあたらしい私』(扶桑社)など多数。
Instagram:@yukohirose19