伊藤千桃さん、葉山暮らし40年。不便だからこそ生活を楽しむ工夫や知恵がいっぱい
身近にある自然の恵みを生かして、自分の手でなんでも作ってしまう伊藤千桃さん。ふだんのごはんにも、保存食の知恵やユニークなアイデアが詰まっています。
PROFILE
伊藤千桃/いとうちもも
1950年インドネシアのジャカルタ生まれ。「桃花源」の屋号で、神奈川県・葉山でケータリングや民泊を手がける。地野菜を使った料理だけでなく、慎ましくも豊かなライフスタイルが注目を集める。
食材を余すことなく使い、ひと品からのアレンジ料理を
「今年は夏みかんがリスにすっかり食べられてしまったんです」。長年、庭で大事に育てている夏みかんの木。その無残な姿にひとしきりため息をついた後、伊藤千桃さんは、庭から続く敷地内の裏山へとさらに歩を進めます。
「あけびはつるもおいしいですよ。ゆきのしたはね、これで化粧水を作るの」。庭で丹精を込めたさまざまな果実や野菜も、山に芽吹く山菜や野草も、伊藤さんの日常には欠かすことのできないものです。
神奈川・葉山に暮らして40年。現在は娘の冴香さんとともにケータリングや民泊を営んでいます。海まで歩いて20分ほど。山を下り、帰りは坂道を上り、毎日1時間ほど愛犬のジゲンくんと散歩に出かけるといいます。
「ここは山の中で不便でしょう。お店が近くにあるわけではないし、自然が相手だからままならないことも、毎日やらなければいけないこともいっぱい。ジーンズと長靴が私の定番です」と、にこやかに話しながら片時も手を休めることなく、雑草を抜いたり、初物のアスパラガスを見つけて目を輝かせたり。
不便をものともしない、いえ、むしろ不便だからこそ身についた知恵や、生活を楽しもうとする工夫が、伊藤さんの自然とともにある暮らしのそこここに息づいています。
庭のハーブや果実は素材を生かして保存
「たとえば野菜や果実を干したり、漬けたりするのは、昔ながらの食の知恵ですよね。いっときにたくさん採れる旬のものをどうおいしく食べようか、あれこれ考えるのも楽しいけれど、保存することで旬を留めることもできる。それに冷蔵庫に何もないときでも、保存食があればなんとかなります」
なるほど、キッチンの棚や冷蔵庫から大小さまざまな保存瓶が出るわ、出るわ。梅、ラディッシュ、夏みかん、ふき……季節ごとに庭で収穫した野菜や果実が、日々の食卓で活躍します。
「今でこそ料理が好きで生業にもしていますが、実は私、結婚するまで全く料理ができなかったんです。炊飯器のスイッチを入れることすら知らなかったくらい。料理の基本はすべて本から教わりました。ここで『桃花源』としてレストランを始めたとき(現在は休業中)、役に立ったのは精進料理の本。自然に近い暮らしのなかで、和食の基本を学んだように思います」
「今日はくず野菜を使ったスープをご紹介しますね」。そう言って、手際よく支度にかかります。食材はできる限り余すところなく使い、それでも出た生ごみはコンポストに。野菜の茹で汁も庭にまいて肥料代わりに。
「不便だから」、「お金がなかっただけ」と言いますが、自然の恵みに感謝しながらアイデアと工夫を凝らした食のなんと豊かなことでしょう。
『クウネル』2023年7月号掲載
写真 目黒智子 / 取材・文 河合映江 / 編集 黒澤弥生
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この記事の
プレミアムメンバー
伊藤千桃
1950年ジャカルタ生まれ。インドネシアと日本のダブル。「桃花源」の屋号で、神奈川県・葉山の自宅をベースにお弁当ケータリング、バーベキューサービス、民泊などを行う。著書に『千桃流・暮らしの知恵』(主婦の友社)が。
Instagram:@toukagenhayama
『クウネル』No.121掲載
料理好きな人のいつものごはん
- 発売日 : 2023年5月19日
- 価格 : 980円 (税込)