【後編】闘病生活を経て芽生えた「今あること」への感謝の気持ち。

スニーカー姿の重信さん全身

かつて、40歳を過ぎてたったひとりで起業した〈クウネル・サロン〉メンバーの重信幸子さんの闘病と現在。起伏に満ちたライフヒストリー、前編からの続きです。

25年間、良いときも悪いときも、コツコツと定期刊行してきたフリーペーパー。 それは、かつて専業主婦だった重信さんに自信と輝きを与え、いつの間にか仕事は、重信さんの人生そのものになっていました。
しかし突如、会社をたたまざる得ない事態が発生します。
白血病を発症したのです。 重信さん、67歳のときのことでした。

「健康だけが取り柄だった私にとって、まさに青天の霹靂でした。倒れる2か月くらい前でしょうか、突然発熱して一週間くらい下がらなかったんです。その後は、もう坂道を転がるように日に日に状況が悪くなり、関節痛、全身の倦怠感、食欲不振、呼吸不全と体調不良のオンパレード……。最後は車のハンドルも握れず、自力で歩くこともままならなくなっていましたが、病院嫌いの私は‟今晩寝たら、明日はきっと元気になっている”と自分に言い聞かせて、やり過ごしていたんです」

気が付いたときには、救急車のストレッチャーの上で、天を仰いでいた重信さん。医師によると、手当てがあと1~2日遅れていれば、手遅れだったそう。

その後6か月にも及んだ入院生活で、身長162cmの重信さんの体重は、40kgを切るほどにまで落ち、髪の毛も抜けてしまいました。しかし、そんな中でも、考えていたのは仕事のことだったと重信さんはいいます。
「社員、クライアント、出入りの業者さん、そして家族に迷惑をかけないために、生きてるうちに速やかに会社を畳まなくてはならない。そんなことばかりを考えていたので、幸いにも、白血病という病の重みや、死への恐怖はそれほど感じませんでした」

2020年春、退院して、一年以上が経過しました。
25年ぶりに専業主婦に舞い戻った68歳の重信さんは、現在ご主人とともに、自宅で穏やかな日々を過ごしています。
もっぱら夢中になっているのは、ガーデニング。憧れの「メドウガーデン」を目指して、土いじりに励みます。メドウとは草原という意味で、植物本来の魅力を味わうことができるガーデニングだそう。

ガーデニングのおともは、高松の古着屋さんで見つけたフランス製ワークコート。

退院して間もない頃。「とにかく帰ってこられたのが嬉しくて、さっそく庭に実った梅をもぎりました」

現在は専業主婦として、夫婦ふたり分の食事作りや家事に励む。

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「二年間再発しなければひとまず大丈夫だと言われているので、あともう一年元気だったら、また仕事を再開したいと思っています。今度はまた別の、新しい仕事にチャレンジします」

どこまでもエネルギッシュな重信さんは、最後にこうも続けました。

「大きな病気を経験して実感したのは、人間って予期せぬタイミングで終わりが来るかもしれないんだな、ということ。正直、70歳近くになっても仕事に夢中で、死はまだまだ先の話だと高をくくっていたんです。でもあの日、ストレッチャーで運ばれながら気を失ってしまい、目覚めなければ、今こうして話している自分もいないんですよね。だから、いつそんな日が訪れてもいいように、たまたま生きている『今』に感謝しながら、最後まで自分らしく生きたいって思うんです」

ニット帽姿の重信さん
抗がん剤の投与後は、あれこれ帽子を試着。「ニット帽なんてほとんど縁がなかったので、新鮮でしたね。災い転じて、おしゃれの幅が広がりました」

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