【前編】専業主婦からの起業、そして発病。困難を乗り越えて「今」を生きるひとりの女性のヒストリー。

重信さんとガーデニング1

自然豊かな香川県にて、ご住職であるご主人と穏やかに暮らす〈クウネル・サロン〉メンバーの重信幸子さん。彼女の波乱に満ちたライフヒストリーと、幾多の壁を乗り越えてきた前向きなエネルギーを、2回にわたってお届けします。

時代は1973年、重信さんが22歳のときに遡ります。ある大学の学生寮の前のカフェで、一人の男性と知り合います。多くの学生がたむろしていた店で、妙に馬の合った3つ上の男性が、重信さんの未来の旦那様。
その後、26歳で結婚。旦那様の実家、つまり嫁いだ先は、なんと地元・香川県でも由緒あるお寺でした。

「檀家さんとのお付き合いや、しきたりが本当に大変……と言いたいところなんですが、その頃の私は、怖いもの知らずというか、無知というか。まったく気負わず、お寺に嫁ぎました。世間をなめていたんでしょうね(笑)。それと、周囲の人に恵まれていました」

若かりし頃の重信さん。群れることが苦手で、昔からどこでも一人で出かけていたとか。

まだ旦那様とは交際中だった二十代半ばの一枚。モノトーンの装いが今見てもモダン。

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その後、ふたりの子どもにも恵まれ、家事・子育てに奮闘している間に月日は流れ、38歳になった重信さん。ちょうどその頃参加した同窓会で、激しいショックを受けたといいます。

「みんなそれぞれ立派に仕事を持って、大人になっているじゃありませんか。年齢的に考えても、当たり前ですよね。それに比べて、専業主婦の自分といえば、どこかにちゃんと勤めた経験もなく、気づけば40目前。このまま人生終わらせていいのかなって、焦りました」

思い立ったら、即行動。 重信さんは、家族を説得して、一日3時間だけ、求人誌のテレフォンアポインターとして働き始めます。
さらにその3年後、アルバイトだけでは物足りなくなった重信さんは、自ら起業することを決意。テレアポ時代に培ったノウハウで広告を募り、香川の魅力を伝えるフリーペーパーを創刊するのです。

「周りからは無理だと、さんざん止められました。でも、お得意の‟根拠なき自信”があったんです。これくらいなら自分にもできる、きっとうまくいくって。でも、いざ会社を作ってみたら、軌道に乗るまでの数年間は、苦労の連続でしたね。事務所を借りて、電話でアポ取りしてから営業先に出向き、会社に戻ったら原稿を書いて各所に校正を取り、印刷作業。これらを、ぜーんぶ一人でやっていたので、連日帰宅は23時過ぎ……。その期間、家事や子育てを一手に引き受けてくれていた主人には、今でも感謝しています」

体力的にも精神的にも負担の多い日々でしたが、重信さんは持ち前のバイタリティーと負けん気の強さ、そして周囲の人のサポートを受けて、見事に乗り切ります。
創刊当初、毎週10万部発行だったB4のチラシは、4年半後、内容もボリュームもさらにパワーアップして、月1回発行の立派な冊子にリニューアル。
その後、延べ25年にわたって、重信さんはフリーペーパーの発行を続けるのです。

たったひとりで始めた会社は、スタッフも増え、経営も順調。起業したときはまだ幼かった子どもたちも立派に成長し、それぞれ巣立っていきました。
60代も半ばに入り、まさにこれからが第二の人生……と思っていた矢先、思いもよらぬ出来事が起こります。
重信さんを、突然の病魔が襲うのです。

【後編】につづく

重信さん結婚式
お嬢様の結婚式のときの一枚。重信さんのお隣が、お寺のご住職でいらっしゃるご主人。

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