【人生は60代からが自由で面白い!】自分だけでなく周りの人たちも幸せに。寺本りえ子さんを変えた、食との出会い。

寺本りえ子 アイキャッチ

60代で身軽にムリなく生きる女性たちにインタビューをした『60代からシンプルに穏やかに暮らす』(主婦と生活社)が話題です。60歳といえば還暦。人生の節目です。子どもは大きくなった、仕事で悩むことがなくなった、人付き合いの力の入れ方抜き方が分かってきた……。人生の重荷から解かれて、少し気楽になっていい世代。お金をかけずに心豊かに暮らすコツをご紹介します。第4弾は、かつて音楽業界で活躍した寺本りえ子さんの食との出会い、フードディレクターとして活動することになったきっかけを教えていただきました。

「実は食だけでなく、すべてを表現したい人なんです」

音楽から食の世界へ。活躍の場を広げている寺本さんが60歳の今、新たなステージへと向かっています。

ピチカート・ファイヴやスピッツのコーラス、野宮真貴さんとのユニット 「Oui Oui」、ソロ活動など、長年ミュージシャン、DJ として華やか な音楽業界で活躍していた寺本りえ子さんが、食の世界を中心に身を置くようになったのは50歳になった頃。大きなきっかけは、2011年の東日本大震災。仲間たちと被災地に炊き出しに通ったことで、「食の大切さ」を改めて実感し、今自分のやるべきことがクリアになったと言います。

寺本りえ子 基本の食事
寺本さんの基本の食事例。右上の麹納豆は、納豆、にんじん、切り昆布、生の米麹に、みりんと醤油、酒を入れて混ぜ、冷蔵庫でひと晩寝かすだけ。

「音楽はどちらかというと自分が楽しむもの。 20代で音楽の世界に飛び込んでから、自己中心的だった気がします。でも食と出会い、食をとおして笑顔や幸せを届けたい、共有したいと思いました」。

寺本りえ子 季節の瓶詰め
レモンシロップや豆腐よう、発酵トマトやピクルスなど、季節の瓶詰めが並ぶ。

宮崎県五ヶ瀬町のお寺に生まれ、子どもの頃から法事・法要などの食事作りを手伝っていたこともあり、寺本さんにとって料理はとても身近なものでした。音楽専門学校時代は東京で過ごし、一度帰郷したときに料理にも興味を持ち、料理教室にも通いました。子どもの頃から虚弱体質で、若い頃は貧血に悩まされたり、体調を崩したりすることも多く、歳を重ねてそれを克服しようと、食に行き着いたのは自然の流れでした。

「38歳で結婚をして、当時のパートナーがアレルギー体質だったのと、子どもが欲しかったこともあり、改めて食を見直しました。添加物や農薬を気にするようになったのは、その頃ですね。そして、料理教室に通いつめた2年間が、食の扉を開けてくれました」。

寺本りえ子 ぬか漬け、味噌
オリジナルのぬか漬け壺に12時間漬けのぬか漬けと味噌を保存。

友人のアトリエの引っ越し祝いの席で料理を振る舞ったのをきっかけに、40歳を過ぎた頃から音楽活動と並行してケータリングを始め、食の仕事の楽しさに目覚めていきます。50歳で食にシフトしてからは、発酵食品のワークショップや酵素玄米炊飯器の代理店、食関連のプロデュースをするなど、さまざまなメディアで活躍。なかでも60歳で出会ったプロジェクトは、寺本さん自らが手をあげてつかみ取った〝いちばんやりたいこと〞でした。

寺本りえ子 玄米
自身が代理店を務める酵素玄米炊飯器「酵素玄米Labo」で炊いた玄米。

「2021年4月にスタートしたフリースクール『GIFT School』で、現在、月〜金曜日の週5日、先生と生徒のランチを作っています。単純に私が作って提供するのではなく、スクール内のキッチンで子どもたちと一緒に作って食べるスタイルなのでライブ感を重視。臨機応変にメニューやレシピを変えて楽しんでいます。もともと子どもが大好きで、最初についた仕事はヤマハの音楽教室の幼児科の先生でしたし、食関連で最初にとった資格も食育インストラクターでした。食の仕事を始めて子ども向けのワークショップを開催したり、子ども関連の仕事が増えてきたところで舞い込んだお話だったので、誰にも渡したくないって思ったほど。決まったときは嬉しかったですね。60歳になって念願の子育てを体験しているようで、今は生きがいになっています。好き嫌いが多かったり、食べること、料理を作ることに興味がなかった子どもが、『スクールのごはんがいちばんおいしい』『料理を作るのが楽しい』 と言ってくれると、涙が出そうになります」。

撮影/鈴木真貴

※本記事は 『60代からシンプルに穏やかに暮らす』(主婦と生活社)から の抜粋です。

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