料理研究家の門倉多仁亜さんが東京での暮らしをたたんで、鹿児島の家に引っ越しました。都会の真ん中から、地方都市への初めての移住、そこにはどんな発見があったのでしょうか。
気になる移住の話。【前編】からの続きです。
朝起きて、玄関に出るとそこに、ある日は箱に入った苺とお花、ある日は新聞紙の上に畑から穫ってきたばかりのラディッシュや人参が。
「最初はびっくりしたんですけれど、これは同じ敷地内に住む義理の姉や、知り合いからのお裾分けなの。庭で畑をしている人が多くて、穫れたものを置いていってくれるんです」
メモやカードなんてなくても、あ、これはあの人が持ってきてくれたんだな、と大体わかるのだとか。なんとも大らかな、都会とは違う贈り物のやりとり、心楽しい習慣です。門倉さんも最近、畑仕事をスタート。近所へ作物を配って歩く日も近いかも。
料理上手の義姉は、畑の収穫物だけでなく、折に触れてこの地に根付いた伝統的な料理を作ってくれます。門倉さんにとっては初めての新しい味をおいしくいただいたら、お得意のチーズケーキやバナナブレッドを焼いて、お返しに。食を通じて新しいつながりが 生まれているようです。
2つの母国を持ち、小さいころからドイツ、日本、アメリカ、イギリスなど、父や自分、夫の仕事で、各地に暮らしてきました。居場所がないと思ったこともあるけれど、「それは仕方がないこと。逆にいろいろなものをたくさん見てこられたし、豊かで自由なことなんだって思います」
だから、新しい拠点でも、持ち前の素直さとオープンなマインドで地元の人たちとの関係を楽しんでいる門倉さん。市が女性たちの起業を後押しするために開いた地元のセレクトショップでは、手作りのジャムを販売したり、知人イラストレーターの展覧会をスタッフと一緒に企画したり。新たに建てた料理教室のための小さな家では、状況が落ち着いたら、レッスンをスタートする予定です。
「ここに定住していくんだし、家族と は別のところで、自分の居場所が作れたらいいですよね。自分のスタイルを大事にしながら、鹿児島の伝統的文化も学んでいきたいと思っています」
門倉タニア/かどくらたにあ
料理研究家。日本人の父、ドイツ人の母の2つのルーツを持ち世界各地での暮らしを経験する。長く東京で料理教室を主宰してきた。
『タニアのドイツ流 心地いい暮らしの整理術』(三笠書房)など著書多数。
『ku:nel』2021年1月号掲載
写真 門倉多仁亜/取材・文 船山直子