人生経験を積んでいくと、親しい人との関係性も少しずつ変化するのは当然のこと。良い関係を楽しめている親子が語る、つながりや今の距離感を保つ秘訣とは?
45歳年齢差のある親子として、自分の散り際を考えることも
9年間シングルファザー生活を続けてきた辻さん。息子が独り立ちした後に、喪失感は生まれないのでしょうか。
「僕の元から早く出て行ってよという気持ちもあるし、『ご飯できたよ〜』と朝昼晩に呼びかける必要がない寂しさもあります。だからそれに備えて三四郎という犬を飼い始めたんです」
三四郎くんはくりくりした瞳がかわいいミニチュアダックスフンドです。
「僕と息子は45歳年の差があるんで、あまり息子に迷惑をかけず、自分の散り際というか、世界からどう離脱していこうか、そういうことも少しずつ考えるようになってきました」
「コロナという大変な感染症の時代を生き、お金や成功もあっけないほど台無しになることを知りました。ロックダウン中、毎日家でご飯をつくって息子と食べ、外食する幸福とは違うものも得ました。フランスで友人ができ、仲間たちと助け合ってきて、やっとここで生きることを許されたのかなと思います。すると自分の中に幸福感が生まれ、今、自分は幸せかもと思えるようになりまし た。あえて足元を見ながら丁寧に生きよう、そう考えるようになりました」
父はフランスの田舎、息子はパリで暮らし、見えてきたいい距離感
辻さんが離婚する直前、一緒にストラスブールを旅行した息子が、「僕は将来2人の子供を持ち、奥さんと4人で暮らすんだ。そのときパパもよかったら一緒に暮らさないか」と、言ったそう。
辻さんは「僕みたいな頑固な人間が一緒だと奥さんが嫌だと思うから遠慮しておくよ」と答えたそうです。「心配したのか息子はどこで暮らすのか?と聞いてきて、ちょうど交差点を歩いていたので『君の家があっち側なら、僕はこっち側に住むよ。それぐらいの距離ならいいんじゃない?』と答えたら『そのぐらいの場所なら、いつでも僕の家にご飯を食べにおいでよ』 と言ってくれた。
それが18歳になった今も、彼が持つ父親との距離感のようです。独り立ちし、結婚して子供ができたとしても、一定の距離感を保ち、付かず離れずの距離で『ご飯食べにきたよー』と、きっと帰ってくるんじゃないかな。それが老後の楽しみです」
9月から息子はパリでひとり暮らし、 父はパリには小さな部屋を借り、車で3時間ほど離れた田舎町で暮らします。
「ベースは田舎。漁師やカフェの店員をする友人らと過ごし、三四郎と暮らします。田舎の人っておもしろいんです。物書きとしては、そういう人との 交流録も書かないと。だからパリには出稼ぎして息子の様子を見に来ます」
田舎を終の住処にしようとは思わない。でも毎日海を見て、犬と散歩して、 元気になったらパリに行って仕事をする。それが60代で思い描く、辻さんの幸せな人生となるようです。
『クウネル』2022年11月号掲載
イラスト/辻 仁成、構成・文/今井恵