作家・甘糟りり子さんが同じく作家の母に感じること。「自分なりの『好き』の物差しを持ち、ブレない」

子どもの頃の娘にとってはいちばん身近な大人でもあり、成長してからも様々な影響を娘にもたらす母親。そんな母との関係や学んだこと、母への思いなどを作家・甘糟りり子さんに伺いました。
思い出の詰まった実家で母と再び暮らす日々

甘糟りり子さんは、母・幸子さんと鎌倉にある古い日本家屋で暮らしています。りり子さんが、かつて3歳から暮らしたこの家に戻ってきたのは父が亡くなってからのこと。
「もともと遠慮なく言い合える友達みたいな関係なので、毎日けんかばかりですよ」。整理整頓が苦手な母と「捨てる・捨てない」で攻防を繰り広げ、母も負けじと娘の物言いに「うるさいわね」と応酬。
「両親ともに『子どもも一つの人格。子どもにも子どもの生活がある』というタイプだったので、『子どもだから、女の子だから』みたいなことは言われませんでした。放任とは違うけれど、わりと自由にさせてもらった子ども時代だったと思います。

母との近影。幸子さんは、30年来愛用の〈セルッティ〉のセットアップで。好きな服は大事に着続けるのが信条。
母は日々の暮らしをエンターテインメントにする才能がある人で、いろいろなことを一緒に楽しめる母親でしたね」あらかじめ切っておいたみかんを「エイッ」と気合を入れてパカッと割って見せるといったささやかな遊び心を発揮したかと思えば、こんな豪快なエピソードも。
小学生のとき、庭でカレーパーティをすることになって、母は『楽しい時間はなるべく大勢と共有しましょう』と言って、なんと学年全員を呼んでしまったんです。子ども心にもカッコいいなと思いました」

野 草を摘んだり、食事の支度を手伝ったり。庭で過ごした楽しい時間。
甘糟家には子どもだけでなく、大人も大勢集いました。
幸子さんがフリーライターとして駆け出しの頃、一緒に事務所をもって仕事をしていた作家の向田邦子さん。やはり作家の澤地久枝さん。ヒッピー風のモードっぽいファッションを好んだ母に「そんな格好ばかりじゃ、どうなの」と向田さんが紹介したデザイナーの植田いつ子さん、女優の加藤治子さん……。錚々たる大人たちが楽しそうに食べては飲み、語らっていた記憶がりり子さんには残っています。
「向田さんはしょっちゅういらしていて、一緒にキャッチボールなんかもしてくださいました。植田さんと加藤さんは、都会からやって来るエレガントな大人の女性という印象。それに比べたら母は、まるで野生動物みたい」。その心は。「我慢せず、好きなことを好きなようにしている。それは昔も今も変わりません」

向田邦子さ ん(左)や澤地久枝さん(中)も常連。 3人でテレビ番組に登場したことも。
器に目覚めて気がついた母の言葉、そして思い。
旅で出会った古い器や気に入った作家の工房に足を運んで手に入れた器など、幸子さんが買い集めた器が甘糟家の日常には欠かせません。
一方、りり子さんが器に興味を持ち始めたのは、ここ数年のことだとか。
「東京で一人暮らしをしていた20代の頃、『使いなさい』と、作家ものや骨董の器を持ってきてくれました。私の食器棚があまりに貧相だと思ったんでしょうね。よくまあ、興味もなく、酔っぱらって帰ってくるような娘に気前よく大切な器を使わせてくれたものです。ありがたかったと、今は感謝しています。母は器を買うとき『これに何を盛りたいか思いついたら買えばいいのよ』と言っていたけれど、若い頃はぴんとこなくて。興味を持ってようやく『そういうことか』と納得する毎日です」

九州の工房を訪ねるほど気に入っていたガラス作家、舩木倭帆の器や花入れ。若き日の娘に、幸子さんが初めて託した器たち。さらに古伊万里なども、今も鎌倉の家で活躍中。
器はもとより、ファッションに関しても、好き嫌いがはっきりしているという幸子さん。
「だから迷わない。そこはすごいなと思います。たとえみんながいいという作家の器でも、好みでなければ目もくれない。私は、まだまだ日和っちゃいます。つまりは、人が決めた世間的な価値はどうでもいい。そういうものを信じるのではなく、自分が好きなもの、いいと思うものを確立することが大事。母が伝えようとしてくれたのは、そういうことだったのではないかと。言葉で言われたわけではないけれど、母をずっと見てきて、特に一緒に暮らすようになって、そう感じています」
自分なりの「好き」の物差しを持つブレない母のこだわりに感心したり、ときに衝突したり。母と娘のにぎやかな暮らしが続きます。

りり子さんが大学生の頃。ファッション好きは母譲り。「よく一緒に買い物に行きました」。
PROFILE

甘糟りり子/あまかす・りりこ
作家 61歳
1964年神奈川県生まれ。会社勤務を経て文筆業に。現在WEBサ イ ト『mi-mollet』 で「 稲村ヶ崎物語」を連載中。
『クウネル』2025年11月号掲載 写真/目黒智子、取材・文/河合映江、編集/黒澤弥生
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