【本が教えてくれた憧れの人の生き方】作家・井上荒野さんが刺激される島尾ミホさんの愛の在り方

若き日に心を震わせられた詩の一節。大人になってより深まった書き手の心情への共感。本を通じた敬愛すべき女性との出会いは心の宝物です。6人の女性たちに、それぞれの先達への思いを聞きました。

井上荒野/いのうえあれの

作家
作家の父・井上光晴と母、瀬戸内寂聴の3人の関係を描いた『あちらにいる鬼』が映画化
され公開中。書くことをテーマにした短編集『小説家の一日』(文藝春秋)も好評。

井上荒野さんが刺激される、島尾ミホの愛のゆらぎ

狂うひと「死の棘」の妻・島尾ミホ』梯 久美子
「『あちらにいる鬼』を書いたあと再読したら、書くことの恐ろしさが迫ってきてだいぶ印象が違いました。でも出会うべくして出会ったふたりだと思います」。1,265円(新潮文庫)

夫の不貞を知り、狂乱する妻とひれ伏す夫。島尾敏雄さんの小説『死の棘』は実際の夫婦の壮絶な関係を基にした彼の代表作として知られます。その通説に疑問を投げかけたのがノンフィクション『狂うひと』でした。「膨大な資料を読み、取材を重ねた著者の人間考察には深みがあり、ミステリー的な要素でも読ませる力作です」と井上荒野さん。

奄美の島で出会った特攻隊隊長と島の娘。死を前提にした儚く美しい愛は、戦後の現実を生きるとき、変わらざるを得ませんでした。「この本が出る以前のミホさんは嫉妬に狂う妻、あるいは愛に一途な故に狂った純粋な女性というイメージでしたが、本で事実を知ると、本当に純粋なのか、純粋とは、愛とは何なのかと考えさせられます。ひるがえって自分も夫を愛しているつもりだけれど、本当に愛しているのかなと思ったり」

島尾ミホ
©毎日新聞社/アフロ
1919年~2007年。『死の棘』をはじめ多くの夫の作品に登場。自らも『海辺の生と死』など小説を発表したが、夫の死後は筆を折った。梯さんの取材を途中で断ったまま死去。

ゆらぐ愛の像は、書かれる人だったミホさんが自らも小説を著し、書く人になることで、また別の姿を現します。「ミホさんは神話化されたヒロインのイメージそのままに振る舞おうとしていたのに、書いた作品にはふたりのねじれた関係が投影されている。私も小説家だからわかるのですが、書いていると、時には自分の隠しておきたい部分があらわになったりする。そこに書くことの怖さがあります。

『狂うひと』が明らかにしたのは表面どおりではない愛の深遠さ、人と人との関係の凄みでもある。私ももっとがんばって小説を書かなくてはと刺激されました」

『クウネル』2023年1月号掲載
写真 久々江 満(本)、取材・文 石毛幸子、丸山貴未子

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『クウネル』No.118掲載

私の人生を変えた本

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